ページをめくる。 いままで読んだ本といえば長門から借りたSF物が多かったわけだが、それ以外でも読んでみると意外と面白いもんだ。 構造論やら防衛機制論やら、聞いたこともない単語であふれてるけどな。 ページをめくる。 現在P120。 結構読んだもんだ。 いま何時だ? 時計に目をやると、短針が一を、長針が六を指していた。 いつのまにやら図書館に来てから約三時間が経っていたようだ。 その事実に気付くや否や、空腹が俺を容赦なく襲ってくる。 「長門、そろそろ昼飯にしないか?」 床から生えてきたかのように微動だにせず本を読んでいるお隣さんに声をかける。 長門は顔をあげ、コクリと頷いた。 「どこで食べるかな。長門はなんか食べたいものあるか?」 頭の中でこの近くで食べれるところを思い出していると、 「問題ない」 と言って足元に置いてあったバッグを手にとる。 朝俺が中をのぞこうとしたバッグだ。 もしかして、弁当作ってきたのか? 「そう」 昼飯は長門謹製の弁当のようだ。 図書館の中での飲食は禁止されているので、外の公園に出る。 早いものでもう三月。 外も冬のように耐えられないほどの寒さではない。 公園の芝生に腰を下ろすと、長門がバッグから弁当箱を取り出した。 って、ちょっと待て。 「あー長門。それ二人分だよな?」 長門は聞かれてる意味がわからないような感じだったが、 「そう」 と、首を縦にふる。 長門にとってはそうなんだろう。 しかしだ。 俺から見ると、二人分にしては多いように見えるのは気のせいか? いや、これは気のせいじゃない。 どうみても多い。 まあ、長門が食べるんだろうけどな。 俺の胃袋も、そこまでの非日常には対応していない。 というか、するつもりもない。 それにしても、長門の弁当か。 一体どんな弁当なんだ? いままで長門が作った料理を思い浮かべる。 レトルトカレー、キャベツサラダ、レトルトカレー、キャベツサラダ、おかゆ……。 もしかしたら、全部メイドバイレトルトな弁当かもしれん。 いや、俺はそれでも一切文句はない。 文句はないが、本音を言えば長門手作りのものも食べてみたい、と思うのは健全な高校生としては致し方ないことだと思うね。 そうこうしている間に、長門は弁当を広げ、フタをあけた。 予想外だった。しかもいい方向に。 中には、まるでどっかの料亭の料理人が手間隙かけて作りましたって感じの料理が所狭しと鎮座していた。 「これ作るの結構大変だったろ?」 「そうでもない」 なんでもないかのようにそう答える。 だが、から揚げやらはともかく、煮物が入ってる時点で時間がかかってるのは間違いないと思う。 一体何時から準備してたんだ? まあいい。 せっかく作ってもらったわけだし、いまは食べるか。 長門のほうもどうやら腹がすいてるらしく、まだかというような雰囲気を醸し出してる気がするしな。 最後の一口を口に含む。 最初に見たときは多すぎるだろ、と思ったもんだが、食べ終わる頃にはきれいに片付いた。 それはなぜかといえば、答えは簡単だ。 長門の作った料理が半端なくうまかったからだ。 どれくらいかといえば、母親の軽く二つくらいは上をいっていた。 やはりこいつに不可能はないのかもしれん。 そういう訳で飯をすませた俺たちは再び図書館へと吸い込まれていった。 相変わらず館内は混んでいて、座れるような場所はどこにもない。 さっきも言ったが、まったく暇人ばっかだな。 長門は、さっきまで読んでいた本を本棚から取り出す。 俺もさっきまで読んでいたものを再び手にとる。 さて、続きを読むとしますか。 気付けば、閉館時間である五時近くになっていた。 どうやらかなり集中して読んでいたようだ。 ページをめくる音とたまに足音しか聞こえないような環境だしな。 「長門、そろそろ閉まる時間だぞ」 本を読んでいる長門をとめるのは気がひけるが、さすがに時間には逆らえない。 長門は顔をあげて頷くと、目の前にある本棚から無造作に四冊ほど抜き出してカウンターへと歩いていく。 どうやら全部借りるようである。 こいつは果たして一ヶ月に何冊本読んでんだ? 図書館を出ると、日は傾いていて街の影は長く伸びていた。 三月とはいえまだまだ日は短いようである。 その中を、二つの影が並んで歩いている。 「そのバックと本、カゴに入れてくから貸してくれ」 せっかくカゴがあるんだ、荷物があるならそこに置いたほうがいい。 それにさっき借りた本は厚く、それが四冊もあれば結構な重さになるのである。 「………」 長門は無言で、しかし俺の言うとおりに荷物を俺に手渡した。 そのこと自体には何の問題もない。 長門が無口なのはいつものことだ。 しかし、だ。 動作がいつもに比べてどこか緩慢な気がする。 というより確実にいつもと違う。 自称だが長門専門家な俺だから気付くような些細なものだけどな。 「長門、どっか調子悪いのか?」 首を横に振る。 その動作もどこか調子が悪そうに見える。 「本当になんともないんだな?」 「問題ない」 どうやらこれ以上いっても無駄なようである。 「わかった。ただ、後ろに乗ったら落ちないように掴まってろよ?」 大丈夫だとは思うが、用心に越したことは無い。 「………」 長門よ、なぜそこで沈黙する。 「わかったか?」 もう一度言うと長門もわかったようで、ミリ単位で首肯した。 長門が横向きに乗ったのを確認して自転車をこぐ。 ある程度スピードにのったところで、長門が掴まってきたようだ。 ようだ、というのは、背中に加わった力があんまりにもやんわりとしていたからだ。 その力具合で、後ろを振り返らなくてもどういう状況なのかすぐにわかった。 長門が、俺の服を掴んでいる。 というよりはつまんでる。 掴まるならもうちょっとしっかりと掴まるべきだと思うんだが。 それを、思うだけで口にしない。 長門なら多少調子が悪くても落ちるようなことはないだろう。 なにより、そのしぐさはあの時の長門を思い出させた。 そんなことを自転車をこぎながら頭に思い浮かべていると、背中に重さを感じた。 なんだ? 振り返る。 そこには、服を掴んだまま頭を背中に預けて眠っている長門の姿があった。 つまり、あれか? さっきまで調子が悪そうに見えたのも、ただ眠かっただけなのか? そうなのか? 長門。 答えが返ってくるはずもなく、聞こえるのは長門の穏やかな寝息と自転車をこぐ音だけだ。 どうやら本格的に寝ているようである。 器用なやつだ。 きっと朝早くからの弁当の用意のせいだろう。 っていうかそういうことにしておく。 となれば、俺にも責任があるわけだ。 そういうわけで、長門を起こさないようにゆっくりと自転車をこぐ。 後ろを振り返る。 こいつは今、どんな夢を見ていることやら。 |