四月である。

心配されていた進級も期末テストで巻き返し、俺も無事に二年生になっていた。
そして俺が進級できたということは、当然ながら他のSOS団の面子も進級したということを表している。
そんな俺にとって目下の心配事と言えば、いまだ現れていない異世界人がこの機会に現れるんじゃないかということくらいで、

「花見をするわよっ!」

と、目を輝かせたハルヒが飛び込んできても特に動じることはなかった。
やれやれ。
わかっちゃいたが俺はずいぶんと順応してしまったようだ。



サクラユキ




そんなこんなで花見である。
場所は鶴屋山山頂。
二月の穴掘り大会の時に朝比奈さんが、

「あ、それ、いいですね。お花見。一度やってみたいんです」

と言ったまさにその場所である。
この山は鶴屋家の私有地であり、普通なら勝手に入っていい場所ではないのだが、

「キョン君たちお花見行くのかいっ。それならうちの山でするといいよ。面白そうだからあたしも行くよっ!」

と朗らかに笑う鶴屋さんのありがたーいお言葉によって万事解決となり、俺たちは満天の桜を貸しきり状態という訳だ。
いつか行った花見はそれこそバカみたいに人が多く、花見ではなく人見になった記憶がある俺としてはまさに願ったり叶ったりの状況である。
前から思っていたが、鶴屋さんには一生頭が上がりそうにない。

ちなみに今回の参加者はSOS団員に鶴屋さん、それに、

「みくるちゃんのお弁当おいしー」

うちの妹まで加わっている。
最近こいつは休日のパトロールにまで来たいと言い出すようになり、そんな妹が花見などというイベントを逃すはずはなく、確かに今日のことは一言も言ってないにも関わらず家を出ようと玄関に向かうと、

「あたしも行くー」

待ち伏せされていた。
俺の周りにはなぜこうも勘がいいのが揃っているんだろうか?

それはさておき。

まあ、いつものメンバーといって一向に差し支えなく、目の前の光景もいつも通りといって一向に差し支えなく、一応紹介しておくと、

「みくるちゃん、お茶頂戴」

「あっはいはいっ」

「みくるーっ、あたしにもお茶ちょうだいっ。いやーっ、それにしてもハルにゃんのお弁当は美味しいなぁ!」

こんな感じだ。
ハルヒと鶴屋さんは賑やかに、長門は無言でハルヒと朝比奈さんが作った弁当を奪い合う。
こういうのを花より団子っていうんだろうね。
ちなみに朝比奈さんを表すなら花より小間使い。
未来から来たお方のメイドスキルが上がっていくのを見るのはなんとも言えない気分になるな。

「いいではないですか。楽しみ方は人それぞれですよ」

同じくその光景を眺めていた0円スマイルの古泉が、俺のモノローグに答えるように口を開く。
なんだ、ついに人の心を読む能力まで身についたのか?

「あなたの顔を見れば大体わかりますよ。これでも長い付き合いですしね」

全くもって不本意ながらな。
それで、楽しみ方は人それぞれといったが、お前はどうなんだ?

「楽しませてもらっていますよ」

こいつにしては珍しくしみじみと言った口調で語る。

「一年前の今頃はまさかこのような場面を迎えられるとは思いもしませんでした。知っての通り、涼宮さんの精神はいままでに無いくらい安定しています。それにもかかわらずこのような場面を用意していただけるとは、ますます涼宮さんを神として崇めたくなりますね」

と思ったらいつもの笑顔に戻りやがった。
またそれか、勝手に言ってろ。

「ええ、そうさせてもらいます」

言って、古泉はニコニコと弁当を奪い合う光景を眺める。
それに付き合う気はさらさらない。
俺もその奪い合いに参加するため、腰を上げることにした。



したはいいが、ハルヒによって散々体力を削られることとなった。
というより、鶴屋さんが加わったハルヒを相手にしたら誰だってこうなると思うね。

という訳で、俺は一人で歩いている。
今はなんとなく静かに桜でも見ようという気分なのだ。
辺りを見回しながら歩いていると、長門がいた。
──桜の木の下で、桜を見上げて。

風が吹く。
それに乗って桜が舞い散る。
それを長門はただ、見上げている。

桜は散り際が美しいとはよく言ったもんだ、と俺が場違いのことを考えていると、長門の視線がこちらに向く。
長門、何してるんだ?

「桜を見ていた」

黒目勝ちの目はまっすぐに俺に向けられている。
まあ、見ての通りだな。
何か桜に思い入れでもあるのか?

「………」

無言で首を横に振り、

「………」

再び桜を見上げる。
その長門何と答えていいものかわからず、沈黙が降りる。
まあ、長門的に何か意味があるんだろう。
俺も元々桜を眺めに来たのだ。
隣、邪魔するぞ。

「………」

カクリと頷くのを確認して、俺も桜を見上げる。

しばらくそうして静かに見上げていたが、

「キョン、有希。こっちに来なさーい!」

ハルヒの不機嫌そうな声が沈黙を破る。
やれやれ。
誰のおかげで一人桜を見ようなんて気分になったと思ってるんだ? と心の中で思う。
もちろん口には出さない。
出したって無駄だからな。

「行くか」

長門は頷くが、相変わらず桜を見上げている。
もうちょっと見たいのかもしれんが、 俺はそんな長門の肩に手を置き、ゆっくりと押す。

「ほら長門、行くぞ」

向こうでも桜は見られるしな。
いい加減食べ物争奪戦も終わってるだろう。
一人で見るのもいいが、みんなで見るのを悪くないぞ。

「……そう」

肩を押したおかげか、今度は素直に歩き出す。


──桜色の雪が舞い散る中。
俺は長門の肩を押して、いつのも光景が待つ場所へと歩いていく。






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