太陽の光が積もった雪で乱反射する中、俺は部室棟への廊下を歩いている。
前日まで降り続いていた雪はようやく止み、青空が顔を出したが、それでも雪は脛辺りまで積もることになった。
雪の影響で電車が止まって休みになるかと期待したんだが、鉄道会社の職員の皆様の弛まぬ努力の成果か電車に遅れはほとんど出ず、雪を踏みしめ学校に行くことになった。
職員の皆さん、もっと職務怠慢してもらっていいですよ。



PC Prelude




こんな日にもかかわらず、授業が終わるや否や我らが団長であるハルヒは、

「キョン、いいこと思いついたから部室で待ってなさい。帰ったら死刑だからね!」

何かを思いついた時の極上の笑みでそう言い残し、教室を飛び出していってしまった。
まあ、死刑にはなりたくないし、言われなくても部室には行くつもりだったのでおとなしく従っておく。
決してハルヒの言葉に押されたわけではない、ということをここで主張しておく。

いつも通り部室の扉をノックする。

「はぁ〜い」

朝比奈さんのスイートボイスを確認して扉をあける。
ノックをせず扉を開け、朝比奈さんが着替えているところに出くわすこともできるのだが、それは主義に反するのでやめておく。

「こんにちは」

お盆を胸に抱えたまま、朝比奈さんはにっこりと微笑む。
その笑顔だけで今日一日の疲れが吹き飛ぶね。

「おや、今日は涼宮さんは一緒ではないのですか?」

いつも通りの胡散臭い0円スマイルを浮かべながら聞いてくるのは古泉。
今日は詰めチェスか。

「ああ、何かいいことを思いついたそうで、授業終わったらとっととどっか行っちまった」

指定席となった古泉の向かいの椅子に腰を下ろながらそう答えてやる。

「そうですか。雪男や雪女を探しに行く、といったようなものでなければいいのですが」

あいかわらずにこやかな笑顔のまま口を開く。
おい、物騒なこと言うな。実際にやりそうで怖いじゃねぇか。

「どうぞ、お茶です」

朝比奈さんがお茶を運んできてくれる。

「ありがとうございます」

一口、口にする。
ううん、いつもながらうまい。
ところで、

「今日長門はいないんですか?珍しいですね」

いつもなら朝比奈さんと長門は部室にいるもんなのだが、今日はいつもの読書姿はなかった。
長門がいないとなにか起こったんじゃないかと不安になるな。

「えっと、長門さんならコンピュータ研究部にいると思います。さっき部室に入っていくのを見ましたから」

コンピ研か。
バグ取りでも頼まれたか?
そういえば、コンピ研とのゲーム勝負の後、時たまコンピ研の部室に行ってるようだが、あいつがコンピ研でなんかしてるところ見たことないな。
というか、あいつはどんな顔でパソコンいじってんだ?
気になる。
まだハルヒも来てないし、様子を見に行ってみるか。

「おや、どちらに行かれるんですか?」

貼り付けたような笑顔のまま訊ねてくる。

「長門の様子を見てくる。ハルヒが来たら適当に言っといてくれ」

「わかりました」

その答えを聞きながら、部室を後にした。


とはいえ、コンピ研の部室はお隣さんのようなもんだ。
歩いて三十秒もしないうちに部室前に着いた。
この部屋に入るのは二回目か。
最初に入ったときはハルヒがパソコン強奪に来たときか。
今考えれば、あれで訴えられるのはうちの方だったかもしれん。
非常識な事態はともかく、無理矢理犯罪の片棒を担がされるのはゴメンだぜ。もう手遅れかもしれんが。

訴えてこないコンピ研の部長氏に感謝しつつ、扉をノックする。
しかし返答はない。
まあ、コンピ研に女の部員はいなかったはずだ。
長門が着替えているという訳でもないし、勝手に開けても問題ないだろう。

扉を開くと、そこには一種異様な光景がそこにはあった。
パソコンの前に座り、あのゲームの時までとは言わないまでもやはり尋常ではない速さでタイピングする長門と。
長門とパソコンの画面を遠巻きにしながら眺めているコンピ研部員たち。
遠巻きにしている連中からは時々感嘆の声があがっている。

まあ、そんな光景を見ても何も面白くもないし、部室の入り口で立っていても仕方ない。寒いしな。
中に入らせてもらう。

「いまなにやってるんです?」

ちょうどいいところにいた部長氏に話しかける。
コンピ研でまともに話したことがあるのは部長氏だけだ。
いきなり背後から話しかけられて驚いていたが、俺の顔を確認したようで、すぐに落ち着いた。

「ああ、君か」

その節はお世話になりました。
感謝と謝罪の気持ちを込める。
ところで、長門はいまなにしてるんですか?

「いや、新しくゲームソフトを作ったんだがね。どうしてもバグが残ってしまうんだ。それの除去を彼女にお願いしたんだ」

なるほど。で、成果はどうなんですか?

「見てのとおりだ。何度見ても驚かされるよ。世界レベルのプログラマーと遜色ない腕前だよ」

話の間にも、周りの部員から感嘆の声があがる。
長門はというと、いつも通りの無表情な顔でキーボードを叩き続けている。
しかし、その姿は俺にはどこか楽しそうに見えた。

その後も、長門は黙々とキーボードを叩き続けている。
俺もそれを見守る。
実際、本当に見ているだけで、周りの連中が声をあげても俺にはよくわからん。

と、手が止まったかと思うといきなり立ち上がった。
そして俺を視界に収めたようで、こちらに向かって歩いてきた。
周りの連中もそれでようやく俺に気付いたようだった。
全員、本当に集中してたんだな。
長門は俺の目の前まで来ると、立ち止まり俺の顔を見上げた。

「もういいのか?」

ミリ単位の物差しでないと測れない程度に首肯する長門。

「じゃあ、部室に戻るか」

再びミリ単位でコクリと頷く。
それを確認して、俺は部長のほうへと向き直る。

「それじゃ、長門がお世話になりました」

周りの連中は、ありがとうございました!と最敬礼している。
それに一瞬目を移すと、長門は部室の出口へと向かっていった。
俺も出口へと向かおうとすると、

「君、ちょっといいかな?」

コンピ研の部長に呼び止められた。
はあ、なんでしょう?

「僕が言うのもなんだがな、彼女をよろしく頼むよ」

えーと、どういう意味でしょう?

「彼女な、俺たちが頼めば今日みたいなことをしてくれるし、嫌がっているようでもない。だけど、それだけなんだ」

つまり、頼めば手伝ってくれるがそれだけで、ほとんど反応も示さずただ黙々とやってるだけってことですか?

「ああ、そういうことだ」

なるほど、つまり初めて顔をあわせたときの長門と似たような状態ってわけだ。
あの時は、俺もどうしたもんかと頭を抱えたくなったもんだ。
でも、それと長門を頼むっていう言葉にどういう関係があるんですか?

「だが少なくとも君たち、いや君相手のときは違うように思えるんだ。だからかな、なんでこう思ったか自分にもわからないんだが、こう言いたくなったんだ」

そういって、照れたような表情をする部長氏。

「ええ、出来る範囲でなら。こちらこそ、長門が遊びに来たらよろしくお願いします」

「ああ、もちろん大歓迎だ。出来るなら毎日でも来て欲しいくらいだからね。それでは」

そう言って笑顔を浮かべながら、自分のパソコンのあるだろう机の上へと戻っていった。


部室を出ると、そこには長門が立っていた。

「待ってたのか?」

微かに首肯。

「そうか。ありがとな」

「いい」

そういうと、長門は部室へと歩き出す。
その背中を見て、思わず声をかける。

「楽しかったか?」

長門は立ち止まり、こちらに向き直る。
そうして俺の顔を見て、考えるように間をおいてからミクロン単位で首を縦にふる。

「そっか。それはよかった」

「なぜ?」

そういって後に続こうとすると、長門がこれまた微かに首を横に傾げながら聞いてくる。
それは、どうして俺がよかったって言ったのか、ってことか?

「そう」

確かになんでだろう?
うーんと腕を組み、自分に問いかけてみて、すぐ答えは返ってきた。

「長門、俺はおまえに出来るだけ平穏にというか、普通の生活がおくれるようにしたいんだ」

だって、それは世界を変えちまったお前の願いだったから。
古泉は言っていた。
長門宇宙人的な雰囲気が薄れてきていると。
それは俺にとっても望むことだ。

「それに、お前が読書以外でなにかに興味を持つのは珍しいだろ?だから、おまえが楽しいと思えることがあるのはよかったと思う」

たとえ事件が起こった時に今まで以上に困ることになったとしても。
困ったら、その時は全員で迷って、考えればいい。

だからさ、
長門にとって楽しいと思えることがあるのは、
うれしいんだ。


問いかけにそう答える。
まあ、最後の三行は口には出してないけどな。つーか、口に出せないだろ、こんなセリフ。
言える人がいたら出てきてほしい。
褒めてやるぞ。それだけだけどな。

長門は俺の顔を見上げたまま呟いた。

「……そう」

そして、SOS団の部室へと向き直り、歩き出す。

「そう」

もう一度同じ言葉を口にして。



部室に入ると、幸いにもハルヒはまだ来ていなかった。
長門はいつもの椅子に座り、読書を始めている。

「よかったですね、涼宮さんが来る前に帰ってこれて」

全くだ。あいつのことだ。
もしあいつが部室に来たときにいなかったら、帰ったことにされて死刑にされていたかもしれん。
そう言っても、古泉はさっきと全く変わらない胡散臭い笑顔のままだ。
……おい、ちょっとは否定しろよ。

そんなこと思っていると、壊れたんじゃないかと思うような音をたてて扉が開かれる。
推測なんだが、壁が薄いのは扉に金をかけすぎたせいじゃないのか?

「ごっめーん。おっ待たせー!」

いつも通りのセリフをはいてハルヒが部室に入ってくる。
おいおい、いくら丈夫だからって扉はもっと大切に使ってやれよ。

「いまはそんなことどうでもいいのよ。それより」

ハルヒよ、今度は何を言い出すつもりだ?

「今日は雪合戦をやるわよ!」

……いままで非常識なことを体験してきて、大抵のことでは驚かなくなった自信があるが、こいつの思考回路には毎度のこと驚かされる。
周りを見渡すと、古泉はいつも通りただ笑ってるだけ、朝比奈さんは「え、えぇ?」とオロオロしている。
長門は……一回ハルヒの顔を見たが、すぐに読書に戻った。
つまり、全員ともいつも通りの反応のというわけだ。
一方ハルヒはというと、これですべてすんだかのように得意満面の笑みを浮かべている。
この状況といままでの経験から導かれる答えはただ一つ。

「何をやるって?」

俺がこうして聞かないといけない、ということだけだ。
誰かこの役目を俺の代わりにやってくれる人はいないものか。

「雪合戦よ、ゆ・き・が・っ・せ・ん。せっかくこんなに雪が積もったんだし、雪合戦をやらないなんて冬に悪いわ!謝っても謝り足りないくらいよ!」

悪くない。それに冬はんなもん求めとりゃせん。
まあ、ハルヒに何をいっても無駄だとはわかっているが、もう一言二言いってやりたくなる。
が、やめた。
ここで色々言って、後々あの訳のわからん閉鎖空間や面倒ごとを起こされるよりは雪合戦でもやってたほうがマシか。
その方がどう考えても穏便にすむだろうな。
それに、長門もこれを機会になにか別のことに興味を覚えるかもしれないし。
たまには文句も言わず付き合ってやるか。

「よし、いいだろう。しかしメンツはどうするんだ?チームに分かれるなら五人だとバランス悪いぞ」

「今日は珍しくノリがいいわねキョン。まあいいわ。安心なさい!鶴屋さんと谷口、国木田も呼んであるわ。抜かりはないわよ!」

本当に、こういう時だけ手際がいいな。

「じゃあ校庭に行くわよ。全員、ついてきなさい!」

そういって、朝比奈さんを捕まえて真っ先に部室を飛び出そうとするハルヒ。
朝比奈さんは、いまだに困惑しながらそれでも「ま、待ってくださいぃ〜」と言ってコートに手を伸ばしている。
その後ろを、古泉がやっぱり笑顔でついていく。
最後に長門は、本を本棚へと片付けると、やはりいつも通りの無表情のまま部室を後にした。

「やれやれ」

俺もつい口癖を口にする。
全く、本当にいつも通り慌しいことだ。
まあ、エンターキーを押したのは俺だ。
ハルヒに連れ回され、時々ハルヒが起こす非常識な事件を宇宙人の長門と未来人の朝比奈さんとエスパーの古泉とで、ハルヒに秘密を包み隠したまま解決していくような日常を選んだのだ。

コートを手に取る。

だから、今はそんな日常を目一杯楽しむとするか。




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