行き先がどこか知らされないまま、長門の後ろをついていく。 さっき買い物、と言っていたからこのデパートのどこかであるだろうとは思う。 しかしいきなり立ち上がり、しかもどこにいくかも言わないでどんどんと歩いていく姿に、俺は多少の不安を覚える。 「おい長門。なんか変なことでも起こってるんじゃないだろうな?」 「違う。わたしの感知能力の限りにおいて異常は存在しない」 相変わらず歩いたまま言葉を投げかけてくる。 そうか。それならいいんだ。 これがハルヒならどこにいくか不安になるが、長門ならおかしなところにはいかないだろう。 エスカレーターを使って下の階へとおりていく。 ここまで来ると、俺にも大体どこにいくか予想することができる。 この時間、そしてエスカレーターで下へ下へと向かっているとなると行くような場所は多分あそこだろう。 そして、俺の予想は正しかったことが証明された。 たどり着いた場所。 そこは、地下の食品売り場だった。 時間もいい時間だし、どうせデパートにいるならついでに買っていってしまえといったところか。 それは一向にかまわない。 かまわないんだが、それなら一言そう言ってから立ち上がってもよかったんじゃないか? そんな俺の無言の問いかけを華麗にスルーし、近くにあったカートに籠を乗せて押していく。 ま、長門が買い物をすることに何の異論もあるはずもなく、むしろどんなものを買うのか興味もあったので黙って横に並ぶことにした。 迷うことなく商品を籠へと入れていく。 いつもこうして買い物をしているのだろう、それはまるで熟練の主婦のような鮮やかな手つきだった。 選んだものは賞味期限などもしっかりと確認されていた。 宇宙人でも賞味期限は気にするなのか。NASAに教えてやったら喜ばれるかもしれん。 しかし俺はその光景、というよりはその籠の中身を見てため息を禁じえなかった。 もしかしたら、とは思っていたが実際にその光景をみると感慨深いものがある。 なぜなら。 その籠の中は、レトルト食品やら缶詰やらで埋め尽くされていたからである。 言っておくが、そういったものが悪いというわけじゃないんだ。 便利だし、味だって下手に材料から作るよりはうまい。 それはわかってるんだが、実際に籠一杯のレトルトやら缶詰を見るとそれは壮観ですらある。 あと、キャベツが三玉ほど入っている。 キャベツは宇宙人にとって特別な食べ物なのだろうか。 「な、なあ、長門はいつもレトルトとか缶詰のものを食ってるのか?」 答えは見えているが、一応確認である。 「…大抵は」 予想の範囲内の答え。 長門のことだから、料理が出来ないってわけじゃないと思う。 この前のキャベツの千切りのときの手際は見事だったし、そもそもすぐにギターを完璧にひけるようになるようなやつだ。 しかし長門よ。それじゃ少し味気なさ過ぎないか? そう思い、しかしそれをすぐに考え直す。 こいつは、家にいるときはずっと一人だったのだ。 一人で飯を食べていることのほうがよっぽど味気ないんじゃないか? いや、実際そうに決まってる。 長門にだって一人は寂しいという感情はあるだろうから。 そう考えている間にも長門はどんどんと買い物を続けていく。 その光景を眺めているうちに、ある考えが頭に浮かんだ。 「長門、この後お前の家に寄ってもいいか?」 長門は足を止め、俺の顔を見上げる。 そして首を二ミリほど傾けた。 ま、いきなりそんなこと言われたらそういう反応になるよな。 「今日は、長門の家で晩飯食ってこうかと思ってさ」 「………………」 大きな漆黒の瞳がパチリと瞬き。 「ああ、材料とかは心配しなくていいぞ。今日は俺が作るから」 ちょうど近くにあった籠を一つ手に取る。 これでも、妹とかに強請られて作ることがあるから、難しくないものならある程度は出来るのだ。 「どうして?」 さっきよりさらに二ミリほど首を傾け、いつものひんやりとした声で聞いてきた。 「なんでか、か…。そうだな、前晩飯ご馳走になったろ?それのお返しだと思ってくれればいい。迷惑なら無理にとは言わんが」 本当のところ、「いい」って言われると思ってた。 どう説得しようかと頭を捻っていたくらいだ。 だから、少し驚いた。 「……そう」 長門が、あっさりと俺の提案を受け入れたことに。 その少しの驚きで、長門の目を見たまま固まってしまった俺と、さっきからずっと俺の目を見ている長門。 その状況も、俺が正気に戻ったことで長く続くことはなかった。 「な、なんか食べたいものあるか?出来る範囲でなら答えるぞ」 まだ落ち着いてはいなかったみたいだが。 「あなたに任せる」 その声と表情を確認すると落ち着くのはなぜだろうか? まあ、いまはそんなことは気にする必要はない。 「任せろ。腕によりをかけて作ってやるからな。期待してていいぞ」 「そう」 長門の表情が嬉しそうに見えたのは、うまいものが食えると思ったからか、それとも── 買い物をすませ、今は長門の家へと向かっている。 あの後少し時間がかかって、冬ということもあり空はすっかり暗くなっていた。 とはいえ、買い物自体にはたいした時間はかからなかったんだ。 ああは言ったものの、それほど料理が得意っていうわけじゃなく、作れるものも限られているので、俺が作れる料理で一番まともに作れて主食になるものということですぐに決まったし、必要なものもすぐ買えた。 ただ、レジの近くでかなり時間がかかってしまったのだ。 それはレジが混んでいたからというのももちろんあるが、それは主な理由ではない。 ではどんな理由かといえば、それは昼間の光景が再現されたからだ。 「気にしなくていいって。俺が買うんだし」 「いい。わたしが払うべき」 お互い自分が払うと主張し、一歩も譲らなかったからである。 ちなみに、俺は言葉で、長門は視線で主張していた。 その時の長門の視線はまるで俺を貫かんばかりだった。 少しでも視線から逃れようと体を動かしても、長門もその分だけ視線を動かしてくるし。 結局お互い折れて俺が選んだものについては折半ということで決着がついた。 長門はその後も無言の圧力をかけてきたが、この際気にしないことにする。 まあ、俺の一歩後ろをを歩いている長門の顔を見ると、もう機嫌はなおったようだ。 ちなみに、荷物はほとんど俺が持っている。 たとえ相手が宇宙人だとしても、女に重い荷物を持たせるわけにはいかない。 正直、レトルトやら缶詰が重くてちょっと後悔しているが。 そんなこんながありつつ、長門の部屋までたどり着く。 「入って」 「お邪魔します」 いつものやり取りをすませ、部屋にあがらせてもらう。 リビングまで足を運び、缶詰でテーブルが傷つかないように荷物を置く。 「缶詰とかレトルトとかは、台所に置いとけばいいか?」 どこに何をおいているか知らない以上、どこにしまえばいいのかわからないのでそこらへんは長門に任せるしかない。 コクリと頷いたのを確認して、テーブルの上の荷物のうち食材が入った袋だけを両手に持ち台所へと運ぶ。 改めてみると、一人暮らしには十分すぎるほどの設備が整っていた。 オーブンのある台所なんて初めてみた。 何がどこにあるか確認をすませる。 必要なものはすべて揃っていた。 といっても、鍋とボールとまな板と包丁くらいだけどな。 ちなみに、今から作る料理はトマトソースのスパゲッティだ。 和食というか家庭料理はいろいろと面倒なのでパス。 同じ理由で中華も却下。 後ろのほうで長門が買ってきたものをしまっているので、ぶつからないよう注意しつつ料理に取り掛かる。 まずはホールトマト缶をボールにあけ、トマトを軽くくずしておく。 ニンニクは包丁でつぶし、ベーコンを1cm幅、タマネギをみじん切りにする。 いつも思うんだが、タマネギを切ると涙が出るのはどうにかならないもんかね。 涙目になりながらも料理は続けていく。 鍋にオリーブオイル、ニンニクをいれ火にかける。 ニンニクが色づいてきたのでベーコン、みじん切りにしたタマネギを投入。 ヘラで焦げ付かないようにタマネギを動かしていると、手元に視線を感じる。 「…………」 振り返ってみると、斜め後ろあたりから長門がその光景を眺めていた。 興味があるのかもしれん、放っておこう。 タマネギがしっとりとしてきたので、ボールに移しておいたトマト缶を鍋に入れる。 「…………」 後は煮詰まるまでたまにアク取りをすればいい。 いいんだが。 「…………」 き、気になる。 さっきからこう、長門の視線が俺の手元に。 ホワイ? たいした作業はしてないと思うんだが、そんなに興味深いか? 「あー、長門さん?向こうで待っててもらって結構ですよ?」 思わず敬語になっちまった。 しかし長門は反応無し。 「…………」 俺の言葉なぞ聞こえなかったように手元を見つめてくる。 どうしたもんかと考えていると、さっきの言葉にようやく反応したのか顔を上げた。 「いい」 その時の長門の顔は、コンピ研とのゲーム対決の時のように真剣だった。 まるで図書館で本を読んでいるときのように地面に根を生やしたかのように動く気配がない。 こうなると、何を言っても無駄だろう。 「わかった、好きにしろ。どうせならそんな後ろからじゃなくて、横で見てればいい」 そう言って、俺はアク取りの作業に戻る。 長門は数秒ほど俺の顔を見てから、 「そう」 甚だ短い返事をし、俺の横に来て再び鍋というか俺の手元を見てきた。 その後、俺は長門の視線と戦いながらなんとか料理を続けた。 いや、決して長門の視線が悪いとかいうわけじゃない。 ないんだが、微動だにせずじっと手元を見られると、なんというか落ち着かなかった。 そんなことがありながら、何とか料理は完成した。 長門の分も考え四人分ほど作ったため時間がかかったが、いい出来だと思う。 ついでにサラダも大量に作った。 正直全部食べれるか不安だが、まあ長門がいるし大丈夫だろう。 俺も腹減ってるしな。 ということで、俺謹製の夕食がテーブルに並ぶ。 自分で謹製というのもどうかと思うが。 ちなみに、スパゲッティは俺が1.5人分、長門が2.5人分だ。 俺の向かい側には、相変わらず無表情で長門が座っている。 いまさら気にもならないが。 ま、それはさておき、いまは冷めないうちに食べよう。 「いただきます」 「…いただきます」 何はともあれ、まずは一口。 ん、我ながらなかなかの出来である。 まあ、味見した時にわかってたことなんだけどな。 となると、次に意識が向くのはもちろん長門がどう感じるかということである。 長門の方を向くと、ちょうどスパゲッティを口に運ぶところだった。 おもわず口元を注視してしまう。 その視線も意に介さず、黙々と口を動かしている。 そして飲み込む。 「うまいか?」 俺が長門のカレーを食べた時に聞いた質問と同じことを聞いてしまう。 なにせ家族以外に食べさせるのは初めてだ、こう聞いてしまうのも仕方ないと思うね。 「…おいしい」 「そっか、それならどんどん食べてくれ」 心の中で小さくガッツポーズを取る。 長門はミリ単位で首肯すると、いつも通り次々に口へと運んでいく。 そのペースが、いつもよりゆっくりに見えたのは多分気のせいなんだろうな。 その姿を見ながら、俺はこう思うのだった。 長門のこんな顔が見えるなら、毎週末にここに料理をしに来るのもいいかもな、なんてことを。 追記。 翌週の街中探索の時、長門は俺が選んだ服を着てきて、ハルヒと朝比奈さんを驚かせていた。 古泉だけは、見透かしたようにスマイル0円をこちらに向けていたが。 追記の追記。 ちなみに、その時長門は初めて集合場所に俺より遅くやってきた。 つまり一番最後だ。 おそらく原因は、俺がもうちょっとゆっくりでもいいぞ、といったことだろう。 もしかしたら俺に気を使ったのかもしれんが。 |