「ねーねーキョンくん、ハルにゃんたちも呼んでよー!」

「わかったわかった。訊くだけ訊いてみるが、来るかは保障しないからな」

わーい、と嬉しそうに声をあげる。
そんな妹の姿を見ながら思う。
来るかどうかなんて、初めからわかってるんだ。考えるまでも無い。
なぜなら、ハルヒが断るなんてことはありえないからだ。



三竦みのバースデイ




「行くに決まってるじゃない!あんたの妹はもはやSOS団の準団員といっても過言ではないわ!」

ほらな。
笑顔で予想通りの宣言をする。
しかしいつのまに妹は準団員になったんだ?
そんな疑問にはこれっぽっちも触れず、ハルヒ一人で話を進めていく。

「SOS団の身内を祝うんだもの。当然SOS団員は全員参加ね」

最初から長門や朝比奈さんや古泉、はては鶴屋さんまで呼ばれてるんだ、別に反対する理由もない。
俺?俺は最初から参加することになってるさ。
なので今回はハルヒが変なことを言い出さないよう気をくばってればいい。

幸い今回は朝比奈さんも快く了解してくれたようで、楽しそうな笑顔を浮かべている。
長門、古泉は言わずもがな、だ。

「で、それはいつなの?」

「今週の土曜日だ。時間はまだ決まってないらしい」

「わかったわ。じゃあ当日は現地に直接集合ね!」

早くも当日の予定を決めているハルヒ。
おいおい、気が早すぎやしないか?

「何言ってるの。土曜日なんてあっという間よ!」

一人でやけに意気込むハルヒは置いておいて、朝比奈さんのほうへ向き直る。

「朝比奈さん、すいませんが鶴屋さんにも伝えておいてもらえますか」

あの人も断るとは思えないな。

「はぁい、わかりました。ふふふ、私初めてだから楽しみだなぁ」

朝比奈さん、そんなにたいしたもんじゃないですよ。
というか、未来にはそんな行事はないんですか?

「え?あ。そ、それは…禁則事項です」

俯いてしまった。
それにしても、そんなことまで禁則事項にする必要あるのか?
未来の基準はよくわからん。

「妹ちゃんへのプレゼント考えなくちゃね」


ハルヒではないが、月日が経つのは早いものでもう土曜日である。
昼過ぎからなぜか俺まで今日のイベントの準備を手伝わされている。
母親は、普通では絶対に作らないような料理をそれこそ山のように作っている。
いくらなんでもこれは多すぎるんじゃないか?
妹は今日の主役ながらも準備を手伝っているが、俺には遊んでいるようにしか見えん。
妹よ、もうちょっとまじめに準備しなさい。

足手まといな妹のおかげでほとんど俺一人でやる破目になったが、それでも時間までには間に合った。
まだ時間まで余裕があるな。
少しは横になって休──

ピンポーン

む暇はもらえないようだ。

「お邪魔しまーす!」

ハルヒの声が聞こえたかと思ったその次の瞬間にリビングの扉が開く。
さすがに部室の扉のようには開けないか。
今日の主役は妹であるので、

「妹ちゃん、誕生日おめでとーう!」

こういった感じで妹へ話しかける。
その後ろからは鶴屋さんがハルヒと同じようなテンションでリビングに入ってき、それに続いて朝比奈さん、古泉、長門の順に入ってくる。

そう、今日は妹の誕生日会ということなのである。

冬合宿やらなんやらでハルヒたちと仲良くなった妹は、俺にハルヒたちも呼んでと頼んできた。
もちろん同級生も呼んでいるようだが。

妹は、ハルヒ、朝比奈さん、鶴屋さんとともにおしゃべりをしている。

「悪いな、二人とも」

俺はそこに加わっていない二人に一言そういっておく。
前の三人はともかく、この二人にとっては退屈なんじゃないだろうか。

「いえいえ、お気になさらず。こういう平和なイベントでしたら僕も歓迎です。それにあなたの謝罪の言葉が聞けるなんて珍しいオプションもついていますしね」

やっぱりこいつには気を使うんじゃなかった。
知らない人が見ればそれはさわやかに見えるだろう笑顔を浮かべて古泉はそう言った。
長門も古泉のセリフの前半部分には同意のようで、無表情だがそういう顔をしているように見える。

「まあ、食い物だけは大量にあるから食べてくれ」

長門が頷くのと、再びチャイムがなるのはほぼ同時だった。
どうやら、妹の同級生も到着したようだ。


「誕生日おめでとー!」

「わーい、ありがとー」

参加者が全員揃ったところで、妹がケーキのローソクを吹き消した。
妹の友達は、ハルヒたちの姿を見ても別段驚くことはなかった。
妹が事前に伝えていたのだろう。
それでも、お互いがなじめるかどうかは少し不安だった。
しかしそれも杞憂に終わった。

ハルヒは市民プールで女子小学生とたちどころに仲良くなれるようなやつであり、すでに集団の中心に位置していた。
鶴屋さんも初対面の相手でも十五秒あれば親しくなれる人なので、

「キョンくんっ、この料理ほんっとめがっさうまいねっ。」

料理を口に運びながら小学生と楽しげに話していた。
器用な人だ。
朝比奈さんもその集団にまざって楽しそうにしている。
朝比奈さんには保母が似合うかもしれない。
ん?今は保育士だったっけか?まあどっちでもいい。
古泉は古泉でその見た目のおかげか、ちょくちょくと小学生が寄ってくる。
その度に如才ない笑顔で応対している。
君たち、そいつはやめたほうがいいぞ。赤い玉になるような変態なんだ。

まあ、こんな個性の強いのが周りにいるおかげで、俺には妹の友達たちはあまり寄ってこず、結構静かに料理を食べている。
ちなみに長門もほとんど構われることなく、俺の隣で黙々と箸を進めている。
これはひとえに長門の無口さと無表情さゆえだ。
付き合いが長くないと表情が読めないだけに、姦しい小学生たちもさすがに白旗をあげたようだ。

そういうわけで、時たま話をしつつ箸を動かしていると、

「あの……」

という、控えめな声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、そこには吉村美代子、通称ミヨキチが立っていた。
妹の一番の親友なので、当然ながら今日も呼ばれているのである。

「ああ、久しぶり」

「こんにちは、お久しぶりです。この前はありがとうございました」

きちっとお辞儀をしながら蚊の鳴くような声で挨拶する。
気にしなくていい、俺も楽しかったさ。

それにしても、年齢に似合わない落ち着いた声だ。
向こうでバカみたいに笑っている妹と同い年とはとても思えん。

「今日は呼んでいただいてありがとうございます」

そう言って再び頭を下げる。
呼んだのは俺ではなく妹なんだけどな。
礼儀正しいというか気を使いすぎというか、相変わらずだった。

腰を下ろすように勧めると、最初はしきりに遠慮してきたが、結局隣に腰を下ろした。
隣にいるミヨキチと、世間話やら妹のことなどあまり中身のない雑談をしている。

それにしても、ほぼ一年ぶりにあったわけだが、あれからミヨキチは更に成長していた。
見た目といい雰囲気といい、隣に並べたらもはや朝比奈さんより大人に見られるだろう。
朝比奈さんが幼く見えるのもあるが。

と、話が一区切りつくと、ミヨキチは少し緊張した声で切り出した。

「あの、お願いがあるんです」

あくまで控えめに。
ハルヒも少しは見習ってほしいもんだ。

「来週の土曜日か日曜日、またわたしに付き合ってもらえませんか?」

それは、俺への再びのお誘いだった。
隣にいる視線をやるが、そこには相変わらず無言で箸を動かす長門の姿があるだけだ。

「えーと、映画か?」

ミヨキチへ視線を戻す。
お願いと聞いた時からなんとなく予想できたので慌てることもない。

「ええと、はい、そうです」

しかしなぜかミヨキチは口ごもり、視線を逸らす。
なんでだ?

「お忙しいでしょうか?」

まあいいか。
ミヨキチがどっかの団長様みたいに何かを企んでいるということもないだろう。
それにしても、来週の土日か。
今のところ来週のパトロールの話は聞いてない。
今日が土曜日だから当たり前か。
正直言って、あいてはいるんだが、<ハルヒがいきなり電話してきて召集をかけることもありうる。

しかし不安げに俺を見るミヨキチの頼みを断るというのも気がひける。
まあ、一日くらいならいいだろ。

「いいや、大丈夫だ」

「よかった」

ミヨキチにしては大げさに安心したようなため息をついた。

「それでは、来週の土曜日でもいいでしょうか?」

「ああ」

「待ち合わせは駅前に十時でいいですか?」

「いや、場所はちょっと考えさせてくれ。決めたらこっちから連絡する」

ハルヒたちがパトロールする可能性は否定できず、その時駅前でバッタリ遭遇すると面倒なことになりそうだからな。
君子危うきに近寄らず、だ。

「わかりました。では十時でいいですか?」

「ああ」

パトロールに行かなければ一日中暇であるので、場所以外は別にいつでも大丈夫なので、頷くだけでいい。

「では、よろしくお願いします」

何度もお辞儀をして、ミヨキチは小学生の輪に戻っていった。


思いがけない形で予定が入ってしまった。
いや、けっして嫌なわけじゃない。
まあパトロールがあっても一日奢りくらいでなんとかなるだろう、と思っていると、顔の側面に強い視線を感じた。
視線の発生源と思われるほうへ顔を向けると、長門がブラックダイヤモンドのような瞳でじぃっと俺の顔を見ていた。
そしてその表情は、俺の見間違いでなければ、確かに不満そうというかそういう感じだった。

「どうした長門?」

いままでほとんど見せたことのない表情に少し焦る。

「………」

あの、長門さん?何か気に障ることでもしましたでしょうか?

「………………」

なんか、視線が倍になった気がする。
俺、何かしたか?

「図書館」

どうしていいのかわからずにいると、長門はそう口を開いた。
しかしだな、図書館、とだけ言われても困るんだが。

「来週の日曜日」

もうちょっと文章で話してほしいぞ。
つまり、来週の日曜日に図書館に行こうってことか?

「そう」

どうやら正解だったようだ。
しかし、来週末にパトロールがあるかどうかはまだ誰にもわからないが、二日続けてパトロールを休むとなるとハルヒが何を言ってくるかわからず、俺の財布は大ピンチなんだが。
それはパトロールの最中に行くのじゃだめなのか?

「ダメ」

取り付く島もなかった。
今日の長門はいままでになく頑固だった。
まあ、元々長門と図書館に行くことに厭はなく、そして長門の頼みを断るつもりは毛頭ないので、

「わかった。来週の日曜日に一緒に図書館に行けばいいんだな」

ミリ単位で首肯する。
視線もいつも通りに戻っていた。
ふう。
あの目で見られるとまるで俺が悪いことをしたような気になるからな。
それにしても、

「どうしていきなり図書館に行こうって言ったんだ?」

それが最初から疑問だったのだ。
さっきまで視線に負けて訊けなかったが、今なら聞けそうだ。
すると、長門は他のやつにはわからない程度に困ったような顔をして、

「…うまく言語化できない」

長門がうまく言葉に出来ないとは、一体どんな理由なんだ?
ま、考えてもわからないことは置いておこう。

「ところで、待ち合わせの場所と時間はどうするんだ?場所は図書館でいいか?」

そう聞くと、長門は少し考えるようにしてから、

「十時に、わたしの部屋で」

場所と時間を指定してきた。
長門よ、時間はともかく場所は図書館のほうがいいんじゃないか?遠回りになるし。

「……………」

わかった!十時に長門の部屋な!
透明なオーラみたいなものを感じ、慌てて長門の指定した時間に決めた。
答えに満足したのか、長門は何事もなかったかのように再び黙々と料理を口に運び始めた。
その光景を見ていると、不意にもう一つ疑問が浮かんだ。

「どうして明日じゃなくて来週の日曜日なんだ?」

俺の問いに、長門は指である方向を指した。

「げ……」

その指の先には、不自然な笑顔のハルヒがこっちを見ていた。

「キョン、ちょーっとこっち来なさい」

呼び出されてしまった。
えーと、もしかしてさっきの見られてたか?

助けを求め、周りを見る。
古泉は小学生に囲まれながら、うそ臭さ満点のスマイルでこっちを見ている。
朝比奈さんはそもそも気付いてもいない。
最後の希望の長門に顔を向けたが、

「………」

その表情はいつもよりそっけない感じだった。

決定、助けはなさそうだ。

しかしだな、さっきの話にやましいところは一切なく、潔白であるのは間違いなく、そもそもあいつに言い訳をようなすることなどこれっぽっちもないはずなんだが。

「キョン、早くきなさい」

ハルヒは少し引きつらせてはいるものの変わらず不気味な笑顔を浮かべている。
考えても無駄か。
行きたくないが、行かないと事態はさらに悪化しそうな気がするので、嫌々ながら腰をあげる。

やれやれ。
今日から一週間、忙しくなりそうだ──。




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