時間というものは誰にとっても平等なものであり、すなわち自分の都合よく遅くなったりはしないということである。 そんな当たり前の原則の中、ホワイトデーが刻々と迫り、何を渡せばいいのか考える時間をくれないか、と時計を睨んだりしていた。 当然無駄な努力なのだが。 そういう訳で刻一刻と時間によって追い詰められていく俺であったが、ここで一つの休息地点を迎えることになる。 それは何かと言えば、 「おはようございます」 きちっとした仕草で頭を下げ挨拶をするミヨキチに俺もおはようと挨拶をする。 つまり、今日はミヨキチと映画を見に行く約束をした日であった。 「あの、お待たせしましたか?」 ポシェットをタスキがけにしたミヨキチが不安そうな顔をして訊いてきた。 「いや、俺もいま来たところだ」 実際は多少待ったが当然それは口にしない。 というよりは俺が早く来すぎただけだからな。 それにだ。 人を待つ、というのもたまにはそう悪いものではなかった。 俺の返事にミヨキチは、 「そうですか」 と、端から見てもわかるくらいに安堵のため息をついた。 そこまで時間の心配なんてしなくてもいいと思うが、それがミヨキチの性格なんだろう。 その安堵の表情を眺めながら、 「それじゃ行くか。隣町の映画館でよかったっけ?」 「はい」 と、ミヨキチが頷くのを見て、俺たちは切符売り場へと向かった。 電車の中から映画館に着くまで俺たちは去年と同じように取りとめも無い会話を交わしていた。 妹の話やお互いの学校の話とか、まあそんな感じだ。 それにしてもだ。 ミヨキチを見ていると朝比奈さんとはまた別の意味でなごむね。 なんだ、こう醸し出す雰囲気的なものが。 ところで、聞いた話によるとどうやら今回の映画もPG−12指定を受けているらしく、ミヨキチは道中少々緊張していた。 俺としては去年も咎められることもなく入館できたので、さらに1年成長したミヨキチなら何の問題もないと予想していた。 そしてその予想は外れることなく、 「学生2枚」 ガラスの向こうでヒマそうにしているおばさんに言うと、何の疑いも無く入館できた。 これでミヨキチの緊張もほぐれるだろう。 と、思いきや、映画館の中に入ってもなぜかミヨキチはそわそわとしていた。 そして時たまポシェットに目を落とし、それから俺の顔を見て、目があうと慌てて視線を逸らす、という行動を繰り返している。 これがハルヒだったり妹だったりしたらカメラを探すところだが、ミヨキチに限ってそんなドッキリじみたことはすまい。 というわけで、 「どうかしたのか?」 と訊ねるが、 「いえ、なんでもないんです」 と小さな声で言うミヨキチの顔は特に調子が悪い、という風でもない。 それじゃあどういう訳だと頭を回転させるが、ここで天啓がひらめく、なんて都合のいいことは起こるはずもなく、 「どこか調子が悪いなら我慢するなよ」 というのが精一杯だった。 そんなわけでミヨキチを気にかけながらの映画鑑賞ということになり、内容なんてものは大して記憶に残っていない。 残っていないが、その記憶を元に映画の感想を述べるなら、これまた「B級だな」としか言えない内容だったと思う。 休日にも関わらず客が俺たちを含めて片手で数えられる数しかいないのがいい証拠だ。 まあミヨキチが見たいといったものだし、ミヨキチが無事に見れたのだからいいとしよう。 そんな感想を持ちつつ映画館を後にし、俺の斜め後ろを歩くミヨキチと他愛ない話をしていると喫茶店が見えてきた。 これまたいつぞやの喫茶店である。 丁度昼時でもあるし、下手な店に入って下手なものを食べるよりはいいだろう。 席まで案内するウェイトレスもオーダーを聞いてきたウェイトレスも微笑ましそうに俺とミヨキチを見ていたのも去年と変わらない。 変わったところといえば、 「あの……」 ポシェットから視線を上げるが、俺の顔を見ると、 「いえ、なんでもないです」 と俯いてしまうミヨキチくらいだろうか。 今日のミヨキチがなんとなくおかしいのはそのポシェットの中身が原因だろう、というのはいまさらながら、というか映画館あたりから気付いていた。 しかし、いくら小学生相手といっても中に何が入っているかを聞くのも気がひける。 結局、雑談しながらもお互いさりげなくポシェットに注意を向けつつ食べるという器用なことをしているうちに昼飯は終わった。 ちなみにミヨキチはやはり少食で、妹の食べる量を知っている俺としてはこれで大丈夫なんだろうか、と不安になったのも去年通り。 加えて、気持ちの上では奢りたかったのだが、日本経済の財政状況のような俺の財布がそれを許すはずもなく、結局ミヨキチに自分の分を払わせることになってしまったのも去年通りだったことをここに書き加えておく。 それはさておき。 結局もやもやとした疑問は解決されないまま電車に乗り、いつもの駅に降り立つと、 「今日はありがとうございました」 と、ミヨキチが頭を下げる。 気にすることはないさ、俺も楽しめたしな。 「いえ、こうして付き合ってもらったのはわたしですから」 どこまでも控えめなミヨキチだったが、そこで今日一日ずっと気にしていたポシェットから何かを取り出し、 「今日のお礼というわけではないんですが……」 前置きしてから、 「これ、受け取ってください」 と、なぜか顔を赤くしながらきれいな包装紙に包まれた包み目の前に差し出た。 訳もわからないまま、とりあえず受け取ってくださいと言われたので受け取る俺。 えーと、これはここであけたほうがいいのか? 「いえ、家に帰ってからあけてもらえばいいです」 控えめな声をさらに控えめにしてそう言うと、 「では、今日は本当にありがとうございました」 と再び頭を下げると、ペース的には歩いているのだがまるで走って逃げ出すかのような勢いで駅を後にするミヨキチ。 そして物理的にも精神的にも置いてきぼりをくらう俺だった。 駅前で立っていても何も解決されるはずもなく、ともかく家に帰る。 「ねーねー今日のデートどうだったー?」 と、なにかと絡んでくる妹をなんとか部屋の外に追い出し、机の上にさっきもらった包みを置く。 今日ミヨキチが気にしていたのはまさしくこの包みの中身であろうことは俺でもわかる。 ではこの中身は何だ? と、睨んでも透視能力があるわけでもない俺にはわかるはずもないので、包みを開ける。 すると、中にはいかにも手作りだとわかるチョコレートが入っていた。 しかしなぜチョコレートなんだ? と思う俺だったが、その疑問は一緒に入っていたメモによって明らかにされることとなった。 そこには、 「遅くなってしまいましたが、バレンタインデーのチョコレートです。今日一日本当にありがとうございました」 という言葉と、今日の日付が丁寧な文字で記されていた。 体から力が抜ける。 あれか? 今日一日ミヨキチがどこかおかしかったのは、これを渡すタイミングを見計らってったってことか? 2月のバレンタインデーに続き、またやられたってわけだ。 一月遅れのバレンタインチョコレート。 まあ、まさかミヨキチがわざわざ3月に入ってまで俺にバレンタインデーのチョコレートを渡してくるなんて想像できるはずもなく、仕方ないことだとは思うが。 それにしても、単なる妹の兄なんだから普通に渡せばいいのに、と思うのは俺だけか? そんなことを考えながら、また一つ懸案事項を抱えてしまった、とも俺は思う。 つまりハルヒたちの分だけではなく、ミヨキチの分のホワイトデーのお返しも考えなくてはならなくなったわけだ。。 休みの日に急な仕事が入ったサラリーマンみたいな心境になる。 でもまあ、なんだ。 ミヨキチのチョコレートを見ながら思う。 こういう気分になるのも、たまには悪くはないな、なんてことを。 |