せわしく過ぎる日々の中に 私とあなたで夢を描く 三月九日 三月九日。 それは北高の卒業式の日である。 卒業式の間中、三年生の席からは多くのすすり泣きが聞こえてきた。 仲のいい先輩が卒業するんだろう。 一年生や二年生の間からも少しではあるが泣き声が聞こえてくる。 とはいえ三年には知り合いなぞいない俺にとっては、校長やら偉い方々の長い話を永延聞かされるだけの退屈な式である。 話を聞いているやつなど果たしてどれくらいいるんだろうか。 そして、俺にとっても退屈な式であるということは、隣に座っている(一応言うと、出席番号が一緒なので隣なのだ)ハルヒにとっても退屈であることは言うまでもないことだ。 よって退屈が世界一嫌いな女であるハルヒが不機嫌な顔をしているだろうということも言うまでもないことなのである。 しかし、お隣さんの顔を見てみると、そこには予想外の顔をしたハルヒがいた。 なんと、神妙な顔をして椅子に座っているのである。 まあ、話を聞いているかどうかはわからんが。 式が終わってもハルヒの神妙な顔は変わらなかった。 ホームルーム中も、俺の背中をペンでつっつくこともなくだまーって岡部の話を聞いていた。 たまにはこんなハルヒだといいと思うんだが、なんの前触れもなくこうなると逆に怖いというか。 そしてホームルームが終わると、ハルヒはさっさと姿をくらませた。 卒業式が終わってホームルームが終われば後は帰るだけなのだが。 昨日ハルヒは、今日も部室に集まるようにいっていたし、ハルヒの机には鞄が残ってる。 結論、帰ったわけでも部室に向かったわけでもない。 こんなハルヒを放っておくと、後で一体なにが起こるかわからん。 わからんので、仕方なく探すことにする。 まあ、こんなことが前にもあったなーと思い出しつつ、中庭へと足を向ける。 あれは文化祭の後だったか。 扁桃炎になった上級生の代わりにバンドに飛び入り参加して、感謝された時だったと思う。 思い出しながら歩いていくと、中庭の桜の木の下に寝ころんでいた。 前と同じく両手を枕に、羊雲を眺めていた。 「よう、どうした。今日一日中ずっと神妙な顔してるじゃねぇか」 前と似たようなことを言ってみる。 「なによ、文句ある?」 ハルヒも前と似たような事を言ってくる。 「別に」 それだけ言って、俺も黙って空を見上げることにする。 話したいことがあるなら向こうから勝手に話してくるだろう。 見上げた空には白い月と羊雲。 桜のつぼみは膨らんで赤く色づいている。 風は冷たい中にも暖かさを感じさせる。 「大したことじゃないのよ」 黙っていることに痺れを切らしたのか、お隣さんがそう切り出してきた。 「ただね、後二年したらこの学校ともお別れなんだなーって思ってただけよ」 「そうか」 半分本当で半分嘘ってところか。 おまえが学校に惜別の念を持つとは思えん。 ようはSOS団のことを考えているんだろ? 「……そうね。せっかくあたしが作った団なのに、あと二年でそれも解散かーって思ってたのよ。みくるちゃんにいたってはあと一年なのよ」 今日のこいつはやけに素直だな。 いつもこうだと楽なんだが。 それはさておき、つまりいまのこいつはSOS団の面子と別れることを想像してダウナーになってるんだろう。 まあそれも当然か。 冬に、中学生のこいつに会ってきたわけだが、その時のこいつは高校入学当初とほとんど変わってなかった。 精神面でな。体じゃないぞ。 誰もこんなやつを相手にしなかったんだろう。 そりゃそうだ。 最初の自己紹介の時に、 「ただの人間には興味ありません。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい。以上」 なんて言うやつだぜ? こんなやつをまともに相手にするような変わり者はそうそういなかったろう。 なんでハルヒの自己紹介を覚えてるかって? 誰だって一度聞いたら忘れないさ。忘れろってほうが無理だぜ。 そうやって誰にも相手にされず中学時代を過ごし高校に入る。 そしてSOS団を作った。 そこでは、誰もこいつのことを否定しなかった。 こいつの言うことをまじめに聞いてくれる人がいたわけだ。 そんなやつらとお別れすることにもなりゃ、さすがのハルヒも憂鬱になるってもんか。 だがなハルヒ。 「おまえは本当に高校卒業すればみんなとお別れだと思ってんのか?」 「当たり前じゃない。みんなそれぞれ進路ってものがあるんだから」 今日はやけに常識的だな。 「それなら今日聞いてみるといい。お前が大学に行くならみんなお前と同じ大学にいくって言うと思うぜ。」 空を眺めていたハルヒが、俺の顔に視線を移す。 「どうしてあんたにそんなことが言えるのよ」 「いや、何となくだが」 実際はなんとなくじゃないんだけどな。 ここでいつものハルヒなら、「なんとなくでそんなこと言うんじゃないわよ!このバカ!」って言ってくるんだろうなあ。 しかし今日のハルヒはそうじゃなかったみたいで。 「みくるちゃんは?」 「お前が早めに進路決めないと朝比奈さんも困ると思うぞ。少なくとも同じ県内にはできるだろう」 そうですよね?朝比奈さん(大)。 「有希も?」 「ああ」 長門は自分の意志でついてくると思う。 あいつの親方も文句はないだろう。 それに、俺だってまだあいつとは離れたくない。 「古泉くんも?」 「だろうな」 俺はどうでもいいんだが、あいつのことだ。 どうせ金魚の糞みたいにつっくいてくるだろう。 「……………」 長門ばりに沈黙に入る。 おまえに沈黙は似合わないんだが。 「じゃあキョン、あんたはどうなのよ」 最後にそう聞いてくる。 しかしハルヒよ、その問いは意味ないと思うぞ。 「お前は、俺に好きなように選ばせてくれるのか?」 珍しくハルヒがキョトンとした顔で俺の顔を見ている。 だがそれも一瞬のことだった。 「そんなわけないでしょう!あたしはSOS団の団長で、あんたはただの団員なのよ。団員は当然団長の言うことに絶対服従するの!」 いつもの調子に戻ってしまった。 ハルヒよ、人間言われたことをやってるだけじゃ進歩しないのよ、と言ったのはおまえじゃなかったのか? 「つべこべうるさいわね。いいからあんたは黙ってあたしの言うことを聞いてればいいのよ!」 そっぽを向いてそう言うハルヒ。 まあ、こういうことだ。 こいつが俺の意見に耳を傾けるなんてことはまずありえないわけで。 そして俺が離れようとしてもこいつは無理矢理俺のネクタイを掴んで引っ張っていくに決まってる。 そして百ワットの笑顔でこういうのだ。 「ついてこなかったら死刑だからね」 いままで色々な体験をしてきた俺だが、まだ死の体験はしていない。 つーか、したくない。 こんな俺に果たして選択肢はあるだろうか? いや、あろうはずがない。 世界の法則について考えをめぐらせていると、何か考え付いた時の極上の笑みを浮かべたハルヒがいた。 同時に俺には嫌な予感が背中を伝う。 「ねえキョン、いいこと思いついた!」 本当にいつものハルヒに戻ってしまった。 こんなことならもうちょっとダウナーなまま放置しておくんだった。 「三年、今日で学校最後なのよね。それなら、今日聞いてみれば記念ってことで独り占めしてる秘密を教えてくれるかもしれないわ!」 何の記念だ何の。 そもそもお前が好きそうな秘密を持ってる三年なんていねぇって。 しかし、ハルヒが俺の言葉を聞くはずもなく。 「さ、まずは部室に行くわよ!そこで全員引き連れて三年に聞き込みにいくんだから!」 そう言うとハルヒは俺のネクタイを掴み走り始める。 バカ、ネクタイ掴んで走るな! 「それなら自分で走りなさい。ぼやぼやしてくと置いてくわよ!」 その言葉とは裏腹に、俺のネクタイを離すそぶりは一切ない。 ないので仕方なく俺も走りだす。 「やれやれ」 そう呟いて。 瞳を閉じればあなたが まぶたの裏にいることで どれほど強くなれたでしょう あなたにとって私もそうでありたい |