「今日はW杯をみんなで見るわよっ!」 我らが団長である涼宮ハルヒは、なにかを思いついたときの得意満面の表情で部室に入ってくるなり、高らかに宣言した。 こんな風にハルヒがいきなり飛び込んでくるのはもはや日常の一コマであり、もはやそのことについてつっこむ気にもならない。 そして部室にいるほかの三人の顔を見回すのもいつものことだ。 その三人の様子を説明するのも、もはや一言で足りる。 つまり。 いつも通りだった、と。 「何をするって?」 いつもながら誰も反応しないので、俺が訊き返す。 ハルヒが説明してくるのを待つのは無駄なことだということは言うまでも無い。 「聞いてなかったの?今日の試合をみんなで観戦するのよ。せっかく四年に一度のイベントなんだから、しっかりと押さえないといけないのよ」 微妙に内容変わってるぞ。 それはさておき。 そう、今年は四年に一度のW杯イヤーであり、そして今日は我らが代表の緒戦の日である。 そして無類のイベント好きであるハルヒが、こんな格好のイベントを見逃すはずはなかった。 「でもね、ただ見るだけじゃだめなのよ。やっぱりああいうのは一人で見るもんじゃなくて大勢で見るべきよね」 ハルヒにしてはもっともだ。 サッカーは、一人で見るのも悪くはないがやはり大勢で盛り上がって見たほうが楽しいに決まってる。 「キョンもわかってるじゃない。そういう訳で、今日の日本戦はSOS団の校外活動として、あたしたちも集まって応援するのよ」 いままでのハルヒの思いつきに比べればマトモだ。 それはいいとしてだ。 ここにもう一つ問題が残っている。 「集まるって、どこに集まるんだ?」 この付近にパブリックビューイングがあるという話は聞いてない。 まあ、元々気にしていなかったからどこかにあるのかもしれんが。 しかしそうではなかった。 ハルヒはまるでそれが俺の問いの答えだとばかりにその輝かんばかりの笑顔を至近距離に近づけて、言った。 「決まってるじゃない!あんたの家よ!」 あの後、俺はハルヒに無駄だと知りつつ立ち向かった。 なぜうちなのか。そういうことはもっと早く言え。他に場所はないのか。などなど。 母親の機嫌を損ねて被害を受けるのは俺なのだ。 しかしハルヒは都合の悪い話が耳に届かないやつであり、 「確か今日は十時からだったわね。時間も遅いから家族の人に電話しときなさい。じゃあキョンの家に八時に集合ってことで、今日は解散!」 今回も俺の声はまったく届いていなかった。 少しは人の話を聞けよ。 そしてうちの母親も大歓迎ということだった。もしかすると大物なのかもしれん。 というわけで、めでたく俺の家に集合することになった。 ハルヒの機嫌がやけにいいのが気になったが、いいなら放っておいてもいいだろう。 「わーい、ハルにゃんだー」 リビングに入ってくるなり妹がハルヒに飛びつく。 そして次は朝比奈さんの胸元に飛び込む。 うらやましいやつめ。 ハルヒも朝比奈さんも妹と楽しそうに話をしている。 長門はそんな妹に視線を向けていた。 「突然で申し訳ありませんね」 いつのまにか隣にいた古泉がそういってくる。 そう思うならたまはハルヒに反論してみたらどうだ。 「いえ、僕もこういったことは一度してみたかったので」 晴れやかにほほえみながら本心かどうかわからないことを口にする。 まあいい、お前は最初からあてにしてねぇ。 古泉は肩をすくめるだけだった。 妹はひとしきり話すと、満足したのかリビングから出て行った。 「キョン、あんたの部屋にテレビってあったっけ?」 妹と話し終えたハルヒが聞いてくる。 「あるにはあるが、リビングにあるテレビのほうが幾分大きいぞ」 「幾分ならかまわないわ。あんたの部屋で見ましょ」 そういうと朝比奈さんの肩を抱いてずんずんと階段をのぼっていく。 ちょっとは男の部屋に入るということを気にはしないのかね。 俺の部屋に移動したはいいが、時計はまだ八時半にもなっていなかったのでトランプを使って時間をつぶすことになった。 妹はどうやらシャミセンを探しにいっていたようで、階段で俺たちを見つけるとシャミセンを抱えたまま俺の部屋へと着いてきた。 どうやら今日は俺たちと一緒に試合を見るつもりのようだ。 ま、朝比奈さんも楽しそうにしてるしいいか。 ババ抜きや大貧民やシャミセンをいじっていると、後二十分でキックオフの時間になった。 そろそろサッカーに集中するかと思っていると、 「そろそろ時間ね。みくるちゃん、準備するわよ」 言って、さっきから手元にあった袋から青い服らしきものを取り出すと、朝比奈さんに近づいていく。 「え?え?」 どこかで見たことのある光景に腰をあげる。 そしてやはり、というべきかこの部屋で朝比奈さんを脱がしにかかった。 「ふええぇぇぇぇ」 その時には、そうなることを予知していた俺と古泉は部屋から出ていた。 普通逆じゃないのか? 「じ、自分で脱ぎますから……」 という声が部屋の中から聞こえてくる。 なんとも妙な気分だ。 ちなみに妹のきゃっきゃという声も。 妹でよかったな。弟だったら今頃縛り首にしているところだ。 待つこと数分。 「入っていいわよー」 中から声が聞こえてきた。 ここは俺の部屋なんだけどな。 部屋に入ると、そこには代表のユニフォームを着たハルヒと朝比奈さんが立っていた。 「二人ともとてもよくお似合いですよ」 隣にいた古泉がさわやかな笑顔で褒めている。 実際、確かに二人とも似合っていた。 特に朝比奈さん、あなたなら日本代表狙えますよ。 それにしても、ハルヒの収入は一体どこからきてるんだ?部費か? 「さ、準備も出来たしこれから思いっきりさわぐわよ!」 さっそくテレビの正面に陣取る。 「ところでハルヒ、おまえサッカーのルール知ってるのか?」 前サッカーって何人でやるスポーツ?とか言っていたし、とても知っているとは思えん。 「あったりまえじゃない!とにかく相手のゴールにボールを入れればいいのよ!」 …確かに知ってはいるな。 知ってはいるが、まさかそれだけですます気か? やり遂げたような笑顔を浮かべている。 どうやらそのようである。 まあ元々複雑な競技でもないのでそれでも楽しめるが、基本的なことは教えておくか。 「そうなんですかぁ」 朝比奈さんも知らないようだったので、簡単に説明する。 未来にサッカーはないのだろうか? ファールなどの基準はよくわからないので、実際に見てもらうことにする。 そして十時。キックオフである。 「さ、みくるちゃん応援するわよ!」 朝比奈さんの背後にまわり耳元で大声でささやく。 周りにSOS団のメンバーしかいないためか、いつぞやのように抵抗することはなかった。 「がんばってくださいぃ〜」 この応援を聞いてやる気を出さないやつはいないね。 しかし朝比奈さんの応援にも関わらず、前半十五分あたりで相手に先制されてしまう。 「ああーもう何やってるのよ!それくらい止めなさい!」 テレビに向かって本気で説教をしている。 初めてテレビを見た人と同じようなことをするな。 その後も相手の猛攻にあうが何とか守りきり、前半が終わった。 「わたしが試合に出てたらあれくらい片手で止められるわ!」 ハルヒは、まるで計ったかのようなタイミングで母親が持ってきたジュースやら菓子やらを食べながらそう言った。 手で止めたらハンドだぞ。 ちなみに前半の間、俺、ハルヒ、朝比奈さん、古泉、妹はそれぞれテレビを見ていたが、長門は本を読みながら時たま顔をあげてテレビを見ていた。 少しは興味あるのか? 「わりと」 なんとも微妙なところだ。 そうこうしている間にハーフタイムが終わり、後半戦が始まった。 リードしたことで相手がペースを落としたのか、ボールが回り始め、攻める機会が増えていく。 そして、ゴール前で得たFKを決め、同点に追いついた。 「よくやったわ!そのまま逆転よ!」 しかし同点にされたことで再び相手がペースをあげ、再び防戦一方になる。 ハルヒもいらいらしてきたようで、 「キョン、何か腹立つわね。なんとかならないの!?」 という無茶なことを言ってくる。 俺がどうこうできるわけがない。 点が動かないまま後半三十五分を過ぎ、このまま引き分けかと思ったその時。 なんと、ハーフウェーラインから蹴ったロングボールが相手のGKの頭を超え、そのままゴールに吸い込まれたのだ。 そして試合は最後までそのリードを守りきり勝利に終わった。 「やればできるじゃない!」 どうやら勝ったことでご機嫌な様子のハルヒ。 しかし、俺は納得いっていない。 あの位置から蹴って入る確率なんてそれこそあり得ないくらい小さいはずなのだ。 「さっきのゴールだがな、俺はあんまり信じたくないんだがやっぱりそうなのか?」 ハルヒが朝比奈さんと妹と騒いでいることを確認して古泉に話しかける。 「ええ、あなたの考えは正しいと思いますよ。もちろん実力の可能性も否定しきれませんが、おそらく涼宮さんが勝ちを望んだ結果、ああいう形でゴールになったんでしょう」 朗らかにほほえんでいる古泉の顔を見ながら、俺はため息を一つつく。 もはや言葉もない。 なんとかならないか、と長門を見る。 「これほど多くの人間が見ている中で情報操作を行うのは得策ではない」 確かにW杯は観客も含めて世界中の人が観戦している。 そんな中で宇宙人的能力を使うことはいいことであるとは思えない。 ボールが野球勝負の時の魔球のような動きをしたら大騒動になるだろう。 「つまり、俺たちではどうしようもないってことか?」 「そういうことになりますね。まあいいではないですか。世界の危険というわけでもないのですし」 いつかのあの空間よりはマシだが、本当にどうしたもんかね。 これが実力だ、と思ってくれることを願おう。 帰り際にハルヒが、 「次の試合もここでみましょう!いいわねキョン!」 極上の笑顔と共に言い残し帰っていったため、次の試合も俺の部屋で見ることになった。 ちなみに結果は1:0で勝った。 相手ゴールライン上からのシュートがきれいな弧をえがきゴールに吸い込まれていくというトンデモシュートでだ。 ハルヒの力が関わっているだろうことはいうまでもない。 そして三戦目。 当然ながら観戦地は我が部屋だ。 ちなみに、試合開始は日本時間で午前四時なので、全員泊まる準備をしてきていた。 うちはいつのまにかSOS団のたまり場になってしまったようである。 「今日も勝って三連勝よっ!」 ハルヒは試合が始まる前から無駄にテンションが高い。 少しは声を落とせ。近所迷惑だ。 今日の試合の相手は、すでにグループリーグ突破は決まっているが、それでもグループリーグ一位をかけて優勝候補筆頭のチームだ。 普通に試合をすれば勝てるはずがない。 ないのだが、ハルヒがいる以上負けることはないんだろうな。 そう思いながら、キックオフの笛を聞いた。 しかしこの試合は、ハルヒが見ているにも関わらずなぜか惨敗に終わった。 もはやなるようにしかならない、という一種の悟りの境地にいた俺もこれはどうしたことだと頭を捻っていると、 「なるほど、そういうことですか」 爽快スマイルを浮かべて古泉が一人納得していた。 おい、どういうことだ。一人でわかったような顔してないでこっちにも説明しろ。 「簡単なことですよ。涼宮さんは常識を持った方です。なので、おそらく心の奥底でこう思ったのでしょう。『この相手には勝てるはずがない』とね。その結果、勝ってほしいという願望よりそちらが優先され、このような結果になったのです」 要は、こいつが勝てないと思った相手とやれば普通の試合になるってことか? 「そういうことです」 にこやかな笑顔で締めくくる。 まあ、それはわかった。 しかし問題は別にある。 こいつは、一体どのチームには勝てない、と思っているのだろうということだ。 最近こそサッカーを見るようになったとは言え、あまり詳しいとは思えない。 そんなやつが我らが代表チームと他のチームとの実力差を認識しているとは思えない。 果たして、どこまで勝ち進むことになるのやら。 優勝だけは勘弁してほしいなぁ。 その後もあり得ないような得点シーンで強豪国を倒して行きベスト4まで勝ち進むこととなったが、そこで優勝候補とあたり敗退した。 決勝まで行かなくて本当によかった。 ちなみにこの結果が、のちにドイツの奇跡と呼ばれ歴史に残るのであった、というのは別の話であってほしい。 |