天気予報は、今夜から明日にかけて冷え込むといっていた。
それを裏付けるように、ベットから抜け出すと身を刺すような寒さだった。

「…マジかよ」

加えて、カーテンを開けるとそこは雪の世界が広がっていた。
しかも現在進行形で雪が降っている。

いや、雪自体は別にいいんだ。
出来れば降ってほしくはないがな。
しかし今日の予定を考えるとやっかいだ。
なぜなら、雪が降ったくらいであいつが予定を取りやめるとは思えない。
あいつ?そんなの一人しかいないだろ?



スノースマイル




「遅いわよキョン。今日もあんたのおごりね」

俺が最後に来たことがそんなに愉快なのか、ハルヒはご機嫌な表情で指を突きつけてきた。
わかってるさ。
この雪の中、公園でふんぞり返っているハルヒを含めた四人が立っているのを見ればな。
わざわざ外を集合場所にすることもないだろうに。
見ろ、朝比奈さんなんて、

「おはようございますぅ」

挨拶こそしてくるものの、

「うぅ、寒いですぅ」

そのかわいらしいご尊顔が寒さで震えてる。
長門は古泉は平気そうにしているが。
とにかく、可及的速やかにどこかの店に入ることを提案する!

「それもそうね、どっか入りましょう」

珍しく人の言う事を聞く。
こいつもさすがに今日の寒さは堪えているのかもしれないな。


「さ、今日もクジ引きするわよ」

傘に積もった雪をはらって店に入り注文をし、一息つくとさっそくいつも通り爪楊枝のクジを取り出した。
グループ分けということだ。

「ハルヒ、その前に提案なんだが」

却下されることは目に見えているが、それでも言わずにはいられない。
言わないで後悔するより、言って後悔したほうがいいってよく言うだろ?あれと同じさ。

「なによ、言ってみなさい」

自分のペースを邪魔されたのか、多少不機嫌そうな顔になる。
やっぱり言わないほうがよかったか?
しかしここまで来て言わないという選択肢はハルヒの前では存在しない。

「雪も積もってるし、こんなに寒いんだし、今日のパトロールは中止に──」

「却下」

やはり、か。
にべもなかった。
人の言うことは最後まで聞けよ。

「最後まで聞かなくたってアンタの言うことなんてわかるわ。キョン、いい?不思議っていうものは待ってくれないの。もし今日パトロールをしなくて不思議を逃したら、もう二度と見つけられないかもしれないのよ?」

そうだな、と相槌を打っておく。
言ってることはもっともなんだが、そもそもお前が好きそうな不思議がそうコロコロ落ちてるとは思えん。
とは口にしない。

あくまで言わなくて後悔するのは中止にしないか、という提案だけだ。
こうなったハルヒにブレーキは存在せず、これ以上は何を言っても無駄に終わるのは目に見えている。
まあ、こうして話をしている間は店の中にいる時間が稼げるわけだが。

「わかったようね。じゃあクジ引きするわよ」

どうやらその時間もあまりないようだ。
こうなれば、クジ運任せだ。
相手がハルヒ以外であれば屋内へ逃げられるだろう。
長門なら図書館にいけばいいし、朝比奈さんとならデパートでお茶の葉を見てもいい。
むしろ見たい。
今日なら古泉でもいい、少なくともハルヒでなければ。

今日だけは神様を信じてもいいかもしれない。
印のついた爪楊枝は俺と朝比奈さんの手に、つまりペアは俺と朝比奈さんということだ。
支払いをすませ(もちろん支払いは俺だ)、十二時丁度に集合、しっかり探しなさいよ!というアヒル口のハルヒの言葉を聞き流しつつ二手に分かれる。

「キョン君、これからどうします?」

暖かい店内から外に出たせいだろう、震えている朝比奈さんを見て、じゃあ外をフラフラしますか、と言える男はいないね。

「今日は雪も降ってますし、寒いですし、この前のデパートの中をブラブラしましょう」

「え、でもそれだと涼宮さんのいう不思議なものが探せないんじゃ……」

どうやら、朝比奈さんはまじめに探そうとしていたようである。
というよりは、探していなくてハルヒに何か言われるのを避けたいのかもしれない。

「それなら、デパートの中で不思議なものを探しませんか?」

そういうと朝比奈さんは一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐに悪戯をした子供に見せるような笑顔を浮かべ、

「ふふ、そうですね。じゃあデパートにいきましょうか」

栗色の髪をなびかせながら、二人で傘を並べてデパートへと向かうのであった。
俺は今もしかしたら世界で一番幸せ者かもしれない。

デパートで茶葉を真剣に見ている朝比奈さんを眺めたり、デパ地下の簡易喫茶店で朝比奈さんと雑談をしたりと、非常に有意義な時間を過ごした。
しかし時間というものはままならないもので、楽しい時はえてして早く進むものであり、そしてそれは今回も例外ではなく、あっという間に十二時近くになってしまった。

「そろそろ時間ですし、戻りましょうか」

まことに残念ではあるが、集合時間に遅れたとあってはハルヒによる被害が朝比奈さんにも及ぶ可能性は否定できず、そしてそれは俺にとっても本意ではない。

「わっ、もうこんな時間ですかぁ。そうですね、そろそろ戻りましょう」

外に出ると、さっきまで降っていた雪は止んでいた。
寒さは相変わらずだったが。

時間前に店の前に着くと、すでにハルヒたちが待っていた。

「何かあった?」

あったかないか以前に探してもいないので見つかるはずもないのだが、ここで探してないというほど俺は精神的マゾではない。

「いや、なにもなかった。そっちはどうだ?」

「なにもなかったわ。さすがに簡単には見つからないわね」

見つからなかったからだろう、微妙に不機嫌そうにそう言う。
元々存在するかも微妙なところだがな。

「まあいいわ、お昼にしましょ。あちこち動き回ってお腹すいたわ」

俺も腹は減っているし、屋内にも入りたい。
それにしても、どうやらハルヒたちはこの寒空の下あちこち動き回っていたようである。
朝比奈さんとのペアで本当によかった。

昼飯は俺の奢りではなく割り勘なので、遠慮なく食べさせてもらう。
それでもハルヒや長門よりは食べていないが。
この二人は一体どこにそんなに食べ物が入るんだ?

全員が食べ終わると、

「さ、クジ引きよクジ引き」

再び爪楊枝を取り出すハルヒ。
来たか。
ハルヒは午前と午後でペアを変えるのだ。
最初から疑問にも思ってなかったが、今日ばかりは文句の一つも言いたい気分だ。
まあ言っても無駄なので、大人しくクジを引く。
ええい、ままよ!

神なんてこの世にはいないね。
印付きの爪楊枝は俺とハルヒの手にある。
つまり午後は俺とハルヒがペアということだ。
よりにもよってこの組み合わせかよ。
いや、これが別の日だったら別に構わない。
こいつとペアが組みたくないっていうわけじゃないんだ。

「じゃあ、みくるちゃんたちは駅の南側ね。わたしたちは北側を探すから」

ただ、こいつと組むということはおそらく外を歩き回るということであり、それは今日だけは勘弁してほしい。

「さ、行くわよキョン」

いつのまに機嫌がなおったのか、やけに上機嫌なハルヒはさっさと歩き出す。
ニヤケた笑みを浮かべる古泉に見送られながら、俺達は店を後にした。

予想通りだった。
ハルヒは、ひたすらあちこちを歩き回るばかりだった。
まあこいつがいきなり図書館に行って静かに本を読み出したら俺はこいつの正気を疑うがな。
歩いてれば多少は暖まるが、それは文字通り多少でしかなく、発生した熱が根こそぎ奪われるのは如何ともしがたい。
それにしても、

「ハルヒ、お前寒くないのか?」

駅前の公園で一緒に歩いているこいつは、どう見ても俺より薄い服装をしているにも関わらず、そんな様子は一切見せない。

「なにキョン、あんた寒いの?」

当たり前だ。俺はペンギンじゃないんだ、寒さには強くない。
むしろ寒くないならおかしいのはお前のほうだぜ。

「わたしだってそりゃ少しは寒いわよ。でもこれくらいなら気合でなんとかなるわ」

ならない。気合でどうにかなるもんじゃない。
俺は体育会系じゃないんだ。
ある意味体育会系よりきびしいところに所属しているかもしれないけどな。

「そんなんだから雑用係から出世しないのよ。わたしとしては雪も降ってほしいくらいだわ。冬しか降らないんだし」

雪ならさっきまで降ってたし、周りにだって一杯あるだろうが。

「だめよ。やっぱり雪が降ってる時が冬ってもんなのよ。積もってるだけじゃ片落ちだわ」

そうするとあれか、お前はほぼ一年中冬を感じないってことか。
ちなみに、ここらへんはほとんど雪が降らず、今日みたいに積もるのは稀なのである。

「キョン、いちいち揚げ足取るのはやめなさい!わたしがいいたいのはね、雪が降ってるときが一番冬らしいってことよっ」

細かいことをつっこみすぎたか。
せっかくさっきまで上機嫌だったのに、少し不機嫌になってしまった。

「あーあ、ほんとに雪でも降らないかしら」

口をとがらせて、空を見上げながら呟く。
ハルヒ、それは昨日が特別だったんだ。
いくらさっきまで降ってたからって、早々都合よく雪は降ったり……。

「あ、見なさいキョン。雪が降ってきたわ!」

都合よく降ってきてしまった。
なんつータイミングだ。
これはあれか、古泉が「涼宮さんがそう望んだからです」とかもったいぶって言うようなことか。
いや、そうに違いない。
でなきゃ都合がよすぎる。

「そろそろ時間ね、キョン、集合場所に戻るわよ」

考えをめぐらせていると、ハルヒが時計を見てそう告げてきた。
俺も時計を確認すると、確かにそろそろ集合の時間だった。

「ほら、急ぐわよ。みくるちゃんたちより先に着くの!」

不思議なものは見つからなかったが、雪が降ってきたことで機嫌が直ったのか、ハルヒは上機嫌そうな顔で早足で先を歩いていく。
おいおい、そんなに急ぐと転ぶぞ。

「アンタじゃないんだから、これくらいで転ぶわけないじゃない!」

怒ったような口調でそう言ってきた。
俺に対する評価はずいぶんと低いようである。
おいおい、俺はそんなに運動音痴じゃないぜ。

「ああもう、つべこべ言わないでさっさとついてくる!これは団長命令よ!」

まあ、何を言っても無駄なのは目に見えているので黙ってついていくことにする。

それにしてもハルヒ、なんでそんなに楽しそうなんだ?

空からは、まるで舞うかのように雪が落ちてくる。
その中をハルヒは楽しそうに先を歩いている。
こんな雪の日に外を歩くような物好きはそうはいないのだろう、公園の雪の上には俺とハルヒの足跡しかない。

──そうだな、たまには雪に感謝してもいいかもしれない。
今はこれがハルヒの力によるものでも一向に構わない気分さ。





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