俺がハルヒによってSOS団団員その一にされてからもうすぐ一年。 その間に色々あったもんだが、いまはそれとは関係なく。 ハルヒ曰く、SOS団の活動は年中無休とのことであるが、かといって学校にいる間中ずっとSOS団の面子と顔をあわせているはずもなく。 それは授業も終わり、退屈という砂漠の中にあるオアシスのような昼休みの時間のことであった。 授業が終わるや否や、ハルヒは教室から飛び出していった。 相変わらずあわただしいことだ。 そういう俺はというと、睡魔との壮絶な勢力争いを終え、伸びをしている。 それにしても、相変わらず数学は何をしゃべっているのか理解できない。 どこかの宇宙語をしゃべってるんじゃないか? などとバカなことを考えながら、バックから弁当箱を取り出し机を動かす。 昼飯を一人で食うはずもなく、 「おつかれだね、キョン」 国木田と、 「お前、あんな問題もわかんねーのかよ」 と笑顔でほざく谷口という、いつもの面子で食うわけだ。 さっきの数学の時間、睡魔と闘っていたらいつのまにかあてられていた。 もちろんそんな状態で聞いた話が頭に残っているというような特別な技能はこれっぽっちもなく、答えられなかったのだ。 ハルヒはハルヒで後ろから、あんたこんな問題もわかんないのっ!?って感じの視線を向けてきて、踏んだり蹴ったりな一時間だった。 それはともかくとしてだ。 谷口、俺はお前にだけはそれをいわれる筋合いはないぜ。 そういうお前はわかってたのか? 「俺にわかるわけねーだろ。いいんだよ、あてられたのは俺じゃないんだし」 まあ、わかってないだろうということはわかってたが。 からあげを口に運びながら非常にむかつくことを口にする谷口。 すると、 「谷口さぁ、そういう風なこと言ってると女の子にモテないよ?」 谷口にとって痛恨の一撃の言葉を国木田が発した。 そうなのである。 こいつはバレンタイン前に振られて(国木田曰く元々向こうは真剣ではなかったとのことだが)以来独り身なのだ。 「うっせえ。周りにいい女がいないだけだ」 さきほどまでの態度はどこへ行ったのか、谷口はいきなりダウナーモードへと転落した。 どうやらまだ引きずっているようである。 振られたという現実をしっかりと受け止めろ。 ついでにその捨てゼリフはやめとけ。 負け犬の遠吠えにしか聞こえないぜ。 「あー、あー、忘れかけてんだからいちいち思い出させんな。それにお前らだっていねーだろうが」 確かに俺にもそういう存在はいないな。 国木田、お前はどうなんだ? 「残念ながら、僕もいないね」 「ちっとも残念そうじゃねえじゃねぇか。まったく、お前らは高校三年間を何だと思ってるんだ?」 少なくともお前が思い描いているものと俺の現実は月とスッポンくらいかけ離れているのは確かだ。 それにだ、そんなにがっつくようにしてると女は近寄ってこないぞ。 そう言ってやると、谷口は大きく一つため息をつき、 「お前にこの気持ちはわからんだろうよ。北高男子のアイドル朝比奈みくるさんとあの長門有希と毎日顔あわせてんだから」 その意見には全面的に賛成だ。 この高校で朝比奈さんのメイド姿を眺めながら入れてくれたお茶を飲んでるのも、長門と会話らしい会話が成立するのはおそらく俺だけだろう。 ああ、忌々しいが古泉もそうだな。 まあ、これには裏設定があるんだけどな。 「それに鶴屋さんともいろいろやってるようだしよ」 あの人は俺たちを見て楽しんでいるような感じに見えるが。 しかし、だ。 改めて回りを見れば、俺は意外と恵まれているのかもしれん、と我が身の意外な幸運について考えていると、 「まあ、キョンには関係ないか。お前には涼宮がいるしな」 邪悪な笑みを浮かべて、そんな戯けたことをぬかしてきた。 ちょっとまて。 俺とハルヒがそういう関係になった事実は一切ない。 キリスト教とイスラム教と仏教の神に誓ってもいいくらいだ。 「それならさっさとくっつけ。あいつの迷惑をこうむるのはお前一人で十分だからな。それに、お前の好みは変な女なんだろ?」 言われなくてもあいつの引き起こすさまざまな迷惑を現在進行形で身をもって処理しているのはハルヒを除いたSOS団のメンバーであることは相違なく、その点ではすでに役目を十分果たしている。 かといってそれとハルヒとくっつくということは全く別次元の話である。 そもそもその変な女といわれているアイツとは何にもなかったんだ。 与太話を信じるのはよせ。 「わかってるって」 こいつはぜったいにわかってない。 なんだその近所のおばさんが色恋沙汰の話を聞いたときに浮かべるような笑顔は。 「その涼宮さんだけどさ」 と、ここでいままで聞き役に回っていた国木田がしゃべりだした。 「入学当初よりは落ち着いたと思わない?最近は最初の自己紹介の時みたいなことを言わなくなったし、クラスの女子とも話すようになってるしさ」 「まあ、そうだな。中学の時に比べればいまの涼宮なんて真人間に見えるくらいだからな」 谷口も同意なようだ。 そして、俺もそれにはまったく同意見だ。 入学当初のあのツンツンしていて誰も寄せ付けなかったハルヒが、いまでは阪中を筆頭としてクラスの女子とも話をするようになってんだからな。 「ま、それでもあいつが普通の学生をやってるところなんて想像できないけどな」 谷口の言葉につられて、普通の学生をやってるハルヒを想像してみた。 ……想像できん。 俺にとってのハルヒというのは、 「遅れてごっめーん。それよりさ、ちょっと考えたんだけど!」 と、百ワットの得意満面な笑顔で部室のドアをぶちあけ、迷惑極まりない思い付きを持ってくるイメージであり、普通の学生らしいハルヒというのは認識の範囲外だ。 もし普通の学生みたいなハルヒがいたとしたら、俺はすぐさま長門のいる文芸部へと足を向けるだろうことは想像に難くない。 普通のハルヒというものを想像し、それが有り得ないことだと認識しながら箸を動かしていると、 「キョンくん、ちょっといい?」 という女の声が聞こえてきた。 顔を横に向けると、そこにはハルヒの女友達筆頭の阪中が立っていた。 「お客さんが来てるのね」 といってドアのほうに顔を向ける。 そこには、にこやかなうそ臭い笑顔を貼り付けた古泉が立っていた。 我ながら嫌になるが、古泉との付き合いも一年近くなり、あいつの営業スマイルを見れば大体用件がわかるようになってしまった。 そして今の笑みはハルヒ関連のことだろう。 「悪いな、ちょっと行ってくる」 半分も食えてない弁当を鞄にしまって席を立つ。 「ごくろうさま、キョン」 国木田と谷口もこれがハルヒ絡みだとわかったようで、戦場へ向かう兵士を見送るような目で俺を眺めてきた。 その視線に見送られながら、俺は古泉のところへと足を向けた。 後ろのほうから、 「キョンも大変だね」 「まあいいんじゃねーの?あいつも楽しそうだしよ」 そんな声が聞こえたような気もするが、いろいろ言うのは止めておく。 なにせこれから面倒ごとが待ってるんだ、ここで無駄なエネルギーを使うわけにはいかないだろ? ただそれだけの理由さ。 さて、ハルヒは今度はなにをやらかしたのやら。 |