満天の星空。
空気がきれいだからか、周りに灯りがないからか理由は定かではないが、街中では有り得ないほどの星が輝いている。



星空、処により長門




なぜ俺が空気がきれいなところで満天の星空なんて似合わないものを眺めているのか。

話は冬の合宿までさかのぼる。
ことの始まりは、いつものようにハルヒの一言からだった。

「次の夏も頼むわよ。何なら外国でもいいわね。そうだわ、城なんてどう?石造りの城なんてぴったりじゃない?」

古泉プレゼンツの推理ショーも終わり、年越しソバをすすっている時にこんなことを言いだしたのだ。
そしてそれに、

「それならいいとこ知ってるよっ!うっとこのおやっさんの知り合いで外国に城持ってる人がいたな!」

と鶴屋さんがのってしまったのだ。
いや、鶴屋さんには悪気は一切なかったことは断言できる。
そもそもこの人に悪気なんてあるのだろうか?そっちのほうが疑問である。

それはさておき。

夏合宿はともかく、ハルヒを輸出するのはある意味ミサイルを輸出するよりも性質が悪いと思っている俺には、二度目の夏休みに入る前にハルヒに国外脱出を断念させるという難易度SSのミッションが待っていた。

外交問題を起こすわけにはいかぬ、という俺の必死の説得の結果、国外脱出はなんとか断念させることはできたのだが、

「代わりになにか面白そうで夏合宿に使えそうな場所を探してきなさい!これは団長命令よ!」

と団長様に厳命されてしまったのだ。

とはいえハルヒにとって面白そうで夏合宿に使えそうな場所なぞ俺が知るはずもない。
そんな八方塞りの俺が相談しにいったのが、

「それなら避暑地にあるうちの別荘を使うがいいっさ!めがっさいいところにあるよっ!」

何かを考えついた時のハルヒの得意満面の笑みに勝るとも劣らない笑顔を浮かべる鶴屋さんのところだった。
これが古泉だと、行き先が機関関係の場所になることは百ワットの笑顔を浮かべたハルヒが面倒ごとを起こす確率と同じくらい確実なのでやめておいた。
まあ、森さんや荒川さん、多丸兄弟の面々は参加するだろうけどな。

場所が見つかったことをSOS団のメンバーに伝えた。
最初ハルヒは、

「ふぅん。それ、本当に面白いところなの?」

俺が探してきた場所を疑っていたが、めがっさいいところにあるよっ! という鶴屋さんの言葉を伝えたとたん、

「鶴屋さんの別荘なら期待できそうねっ!」

と目を輝かせた。
疑うくらいなら自分で探せよ、とは心の中で思うだけにする。
古泉は古泉で、

「この度はあなたのおかげで行き先に頭を悩ませずにすみました。これで僕も寸劇を考えるのに集中できるというものです。鶴屋さんは森さんたちと面識もありますしね。あなたには感謝の言葉もありません」

なんて相変わらずの取ってつけたような笑顔で言ってきた。
そう思ってるなら少しは感謝の気持ちをみせてみろ。

「これでも感謝しているんですよ?」

そうかい。

他の団員はどうだったというと、

「いいところってどんなところなんでしょうね〜」

朝比奈さんは、ほんわかと行き先を思い描いていた。
長門は、

「………」

まあ、言うまでもないか。

ちなみに、今回の合宿の面子は冬の時と同じでSOS団員に鶴屋さんと俺の妹にシャミセンである。
どうやらうちの妹とシャミセンは本格的に準団員にされたようだ。
妹のまっすぐな成長を祈る。


ところで、だ。
俺は鶴屋さんに相談した時、詳しい場所を聞いていなかった。
避暑地にあるということだけは聞いていたので、遠いだろうということは予想できていたが。

過去に戻ることが出来るなら過去の俺に言ってやりたいね。
判子を押すときは、書類の隅々までしっかりと確認してからにしろ、と。

鶴屋さんの言ういいところとは、数時間電車に揺られ、駅を降りると、

「長旅、お疲れ様でした」

いつも通りの執事&メイド姿の荒川さんと森園生さんの運転する車で一時間、その後三十分ほど歩いた場所にある、周りには別荘が二、三とあとは木だけというところらしい。
冗談じゃなく熊が出そうだ。

「なんでも、うちのおやっさんが戦前からあった別荘を買い取って改築したらしいよっ!」

こんなところにある別荘を買って、どうするつもりだったんでしょうか?

「さあね、そこまでは聞いてないよっ。でもまあ、楽しめそうだしいいんじゃないっ?」


それからは特筆するようなことは晩飯まではなかった。
古泉が明日の寸劇の用意らしきことをしていたくらいだ。
ハルヒもつちのこやら猿人探しを思いつくことはなく、とはいえハルヒが大人しくしているはずもなく、色々と疲れさせられたがまあよしとする。

そして晩飯の時間。

合宿の恒例となった荒川さんの料理に舌鼓を打っていると、森さんがどこからともなく赤い液体を取り出した。
ようはワインだ。
SOS団では、去年の夏の合宿の時の経験から禁酒令が出ていたのだが、

「少しくらいならいいんじゃない?ようは飲まれなければいいのよ」

という禁酒令の言いだしっぺであるハルヒの一言で、ワインが振舞われることになった。

とはいえ、去年の経験から金輪際酒はやめておこうと決心した俺は、舐める程度にしか飲まなかった。
それでも多少いい気分にはなったけどな。
しかしハルヒはそうではなかったようで、勧められるままに飲み、いつのまにか完璧に酔っぱらい、傍若無人の限りを尽くしていた。
こいつには学習機能というものはないのだろうか?

ちなみに。
朝比奈さんは一杯かそこらしか飲んでいないはずなのに眠っておられる。
古泉は飲み方をわかっているのか、多少顔が赤くなっているだけだ。
長門は顔色一つ変えずパッカパッカとアルコールを口へ運んでいる。
元々酒が強いのか、それとも特殊な分解機能でも持っているのか。
酒に強いといえば鶴屋さんも強いようで、かなり飲んでおられるようだがそれが顔に表れていない。
まあ、快活に笑っているが、それが酔ったせいなのかどうか微妙なところだ。
妹も興味があったらしく一口飲んでいたが、

「まずーい」

と言ってその後は飲むのをやめた。
その歳でアルコールがうまいなんて言った時には兄としてどうすればいいかわからなかったので一安心である。

そして宴会が終わる頃には、ハルヒもテーブルで眠りこけていた。
荒川さんと森さんは片付けで忙しいようなので、仕方なく部屋まで運んでやることにした。

「キョンくんっ!」

ハルヒを背負って部屋までいこうとすると、愉快そうな笑顔の鶴屋さんに声をかけられた。
はい、なんでしょう?

「わかってると思うけど、おいたはダメにょろよ」

そんなことしませんって。

「わかってるよっ!じゃあおやすみっ!」

そう言い残すと、ケラケラと笑いながら手を振って部屋へと歩いていった。


鶴屋さんに言われるまでもなくそんなつもりはない俺は、ハルヒをベットに下ろすと部屋を後にした。
さて、これからどうしたものかと考えているうちに、なんとなくベランダに出ていた。
避暑地だけあって夜は涼しい。
することもないので、酔い覚ましを兼ねて空を見上げることにしたのだ。



そういうわけで、横になって空を見上げているのだ。
周りには木しかない以上、それしか見るものがないのである。

しばらくぼーっと星空を見上げていると、視界に突然人の顔が現れた。

「おおうっ!?」

自分でも変な声だとわかる声をあげてしまった。
ついに幽霊でも出ちまったかと思ったが、よく見ればそれは長門の顔だった。
長門、気配もなく近づくのはやめてくれ。ただでさえ負担のかかってる心臓にさらに多大な負担がかかることになる。

「大丈夫。あなたの心臓は平均レベルの活動を維持している」

そういう問題じゃないんだが。
まあいいか。

白いワンピースというシンプルな服を着た長門は、無言で隣に腰を下ろす。
星空を眺めているようなので、俺も黙って空を見上げることにする。

さっきまでのやかましさはどこへいったのか。
風が木々の間をすり抜けていく音と虫の声だけが辺りに響く。

「長門」

「……なに?」

「今日は楽しかったか?」

考えるようにしたのは一瞬だけで、傍目からもわかるように頷いた。

「そうか」

「どうして?」

それはな長門、お前には普通に過ごしてもらいたいからさ。
こいつは一見無表情、無感動だが、だからってそれがこいつのすべてだなんてことはおしとやかなハルヒくらい有り得ない話さ。
そして、こいつにとっての楽しみが読書だけである必要なんてどこにもない。
こいつが楽しめることがあるなら、それは多いに越したことはないのさ。

「別に。なんでもないさ」

とは口にすることはない。

「そう」

言葉にしなくても伝わることだってあるからな。
特に相手が長門なら。

話すこともないので、黙って空を見る。
暗天には数えるのもバカらしいほどの星が輝いている。

お隣さんも特に話すことはないようで、黙って空を見ている。

どれほど黙って上を見ていたのか。
それがいけなかったのだろう。
ほろ酔い気分だった俺に睡魔が襲ってきた。
いかんいかん、こんなところで寝てたまるか、と思ったが、まあ風邪も引くこともないかなと考え、睡魔に身を任す。
するとすぐに瞼が落ちて、俺は眠りに落ちた。


目を覚ましても、辺りは真っ暗だった。
それはいい。外で寝てるんだから途中で起きることもあるだろう。
じゃあ、この正面にある長門の顔と頭の下の柔らかいものはなんだ?
寝ぼけた頭でも、多少は捻れば答えは出てきた。

つまり、俺は長門に膝枕をされてるわけか。

これが寝起きでなかったら、俺は大いに慌てただろう。
その頭の中では、どうして長門が俺を膝枕してるのかとか、まあ今はいいということになった。
とりあえずは、

「悪い、長門。いま起きる」

おそらくずっと膝枕したままであろう長門の腿から頭をあげようとする。

「いい」

なぜか当の長門がその細腕で肩を押さえてきた。
あの、長門さん?このままだと起き上がれないんですが。

「このままでいい」

このままでいいって、

「いい」

何か俺が悪いことをしているような気になってくる。
理由はわからないが、どうやら長門は譲る気はないようである。
無理に起きようにも、長門の腕によって物理的に起き上がることができない。
別に、このまま起き上がりたくないと思っているわけではない。

「わかった。やめたくなったらいつでも言えよ?」

「大丈夫」

答えになってない気がしたが、まあいいか、と寝起きの頭で決め付けた。

なんとなく寝る気にならなかったので、そのまま起きていることにした。
そこに深い意味などない。

長門はなぜか俺の顔を見てくる。
その目がいつもより温かく感じるのは気のせいだろうか?
この体勢で目があうとさすがに恥ずかしいので、視線は空へと向ける。


天気は星空、処により長門。
夜空に長門がよく映える。






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