神っていう存在がいるかどうかは知らんが、いるとしたらそいつはどうやら俺のことがずいぶんと嫌いらしいな。
なにせ、

「キョン、あんた何してんのよ……」

と地獄の底から出してるんじゃないかと思うようなドスの聞いた声と共に睨まれてるんだからな。

見方によっては俺が長門を押し倒してるようにも見えなくもない状況で。



宴の後で




色々説明する前に、一つだけ断っておくことがある。
誓ってやましいことはしていない。
ではなぜこんなことになっているのか、振り返ってみよう。

その日は二回目の北高祭の日であり、ハルヒは朝比奈みくる主演の自主制作映画やライブやらがうまくいき、終始ご機嫌さんだった。
そこに至るまでには色々な苦労があった。
特に俺と長門に。
しかし、今振り返るべきことは映画の出来やライブの完成度などではないので省かせてもらうとする。
そしてその打ち上げ、ということで食料、飲み物、アルコール等々を買い込み長門の部屋へ向かうこととなった。

その長門の部屋では。
相変わらずハルヒは賑やかに、朝比奈さんは小間使いされながらもニコニコと、古泉もいつもよりちょっとは本物っぽい笑顔で笑っている。
そして当の長門はと言えば、

「………」

黙々と食べ、飲んでいる。
そんないつも通りアルコール類をパッカパッカと空けていく長門に、ふと、というか前から気になっていたことを聞いてみた。

「長門。お前はどうしてそれだけ飲んでこれっぽっちも酔わないんだ?」

その答えは、まあ長い説明になるので省略させてもらうと、長門はアルコール分解機能を高めたり低下させたりすることが出来るらしいとのことだ。

「ってことは、その機能を低下させれば長門も酔うのか?」

コクン、と首肯する長門。
ふむ、酔った長門か、と知的好奇心を刺激された俺は、

「なあ長門、もしよかったらその機能を低下してみてくれないか?」

今考えれば知的だったか微妙なところだが、俺の提案に長門は頷き、何事かを呟いた。
その結果は。

「…………」

見かけ上は全く変化がない。
いつもの長門である。
が、それは見かけ上だけであり、確実に長門は酔っていた。
箸の動くスピードが遅い、アルコールを空ける速度も鈍っている等々、よく見ればわかる程度には酔っていた。

そんなこんながありながらも。

「それじゃ今日はこれで解散っ!明日も学校があるんだから休まないように!休んだら──」

ハルヒはなぜか俺を見て、

「死刑だから!」

毎度おなじみの台詞を口にして、SOS団による打ち上げは無事終わり、俺たちは帰路につくことになったのだが。
なんとなく酔った長門が気になり、長門の部屋へと引き返すと、長門が玄関で出迎えてくれた。
それはいい。
だけどなんでよりによって、

「なんでパジャマに着替えてるんだ?」

それに首を傾げることで答える長門。
いや、冷静に考えれば普通のことなんだ、ってことくらいはわかってるさ。
俺もさすがに長門が制服のまま寝てるとは思ってなかったからな。
まあ、なんだ、不意を着かれて動揺してたわけだ。

「…………」

俺が少しばかり黙って長門を見ていると、どうかしたのか、という風に見上げてきた。

「ああ、長門結構酔ってただろ? それで大丈夫かと様子を見に来たんだが」

「大丈夫」

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫」

「そうか、それならいいんだ。邪魔したな」

と言って引き返そうすると、

「…………」

無言で長門が俺の裾を掴む。

「あー、長門? このままだと帰れないんだが」

「上がっていって」

「いや、しかしだな」

「上がっていって」

その感覚に一瞬あの時の長門を思い出すが、それはなんとなく目が据わった感じの長門にかき消された。
長門、お前実はかなり酔ってるだろ?

「大丈夫」

酔ってる奴はえてしてそう言うもんだが、と思っていると、長門は覚束ない足取りで部屋へと戻っていく。
こっちを振り返ることもなく。
それを見て、
「ま、仕方ないか」

長門が酔う原因を作ったのは俺なわけだし。
そう呟いてから、俺も部屋へと上がらせてもらい、長門と向き合って座ることとなった。

「それで、何か用でもあるのか?」

長門はミリ単位で首を縦に動かして、

「どうだった?」

いや、長門さん?
それだけ言われてもさすがに何のことを言っているのかわからないんだが。

「今日のライブ」

そのことか。
とはいえ、俺も無理矢理ながらもステージに上げられた側であり、正確なコメントは言えないが、

「よかったんじゃないか? 長門のベースも相変わらずすごかったしな」

「そう」

俺の言葉になぜか安心したようだ。
それで気が抜けたのか、長門の体が左右に揺れ始めた。
おいおい、大丈夫か?

「だいじょう……」

最後まで言い切ることはなく、長門はコテン、と横になった。
こいつ、顔には出ないが限界を超えると眠くなるタイプか。
とにかくこのままここで寝かす訳にもいかない。
おーい長門、起きてるか?

「…………」

まだ寝てはいないようだが、その目はうつらうつらとしている。
仕方ない、このまま寝室まで運んでやるか、と長門の体の下に手を通したまさにその時──。

「ごっめーん有希、携帯忘れちゃっ、て、さ………」

涼宮ハルヒが、やってきた。



こういう訳で、この珍妙な空間は生まれたのだ。
話を聞いていただければわかると思うが、俺に一切やましいところはない。
しかし。

「キョン、有希に手を出すなんていい根性してるじゃない……」

もはやハルヒの頭の中では俺が長門に手を出したということになっているようだ。

「とりあえず落ち着けハルヒ。これにはエベレストよりも高く日本海峡よりも深い理由がだな」

それにしてもハルヒ、お前タイミング悪すぎるぞ。
一体どんな谷口だ。

「言い訳なんて聞きたくないわっ!」

お前には聞く耳っていうものはねーのか、と言おうとした時、尻ポケットに入っていた携帯から着信音が流れた。
このタイミングに電話をかけてくるようなやつは俺の知ってる限り一人しかいない。
で、このタイミングってことは内容も大体わかるのであって、ここで電話に出たらハルヒの機嫌がさらに悪くなるのは目に見えているので、無視しておく。
にもかかわらずハルヒは、

「出なさいよ」

別に出なくてもいいんだが。

「いいから!」

といわれては仕方ない。
ポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押す。

「もしもし」

「どうも、古泉です」

やっぱりお前か。

「ということはそちらもすでに状況を把握しているようですね。では手短にすませます。閉鎖空間が発生しました」

だろうと思ったよ。

「それなら話は早くすみそうですね。僕も仲間を手伝いにいかないと行けませんので、そちらはお任せします。それでは」

それだけ言うと古泉はあっさり電話を切った。
お任せします、ね。
携帯をしまいながら反芻する。
気楽に言いやがって。

「それで、言い残すことはある?」

親の敵を見るような目で死刑直前みたいな台詞を口にするハルヒが目の前に立ってるんだぜ?
むしろ何とかしてほしいのは俺のほうなんだがな。

「とりあえず言うとだな、やましいことなんて一切ない」

「じゃあどういう訳よ」

さて、一から説明しても信じてもらえるか不安なところだが、言わねばならない、と説明を開始しようとすると、

「彼は何もしていない」

と、横になっていた長門がゆっくりと起き上がってそう言った。

「酔っていた私を心配して部屋に戻ってきた。さっきのは横になった私を寝室へと運ぶため」

「本当?」

それに頷きで答える長門。

「でも有希何でそんなに酔ってるの? いつもどんだけ飲んでもなんとも無いのに。キョンに無理矢理飲まされたんでしょ!?」

一体俺はどんな犯罪者だ。
いまだ疑念の晴れない様子のハルヒに、

「今日一日体調が優れなかった。そこにアルコールが加わったからだと思われる」

「そうなの?」

再び頷く長門。
その次にハルヒはこっちを向く。

「そういう訳だ。俺と話してたら横になったんで寝室に運ぼうとした時にお前がやってきたわけだ」

ハルヒは俺と長門を交互に見てからアヒル口を作り、

「それならそうと最初から言いなさいよ!」

などと理不尽極まりないことをのたまってから、

「それより有希、体調が悪いなら看病するわ!色々と買ってくるから、アンタは有希を寝室に運んどきなさい!」

自分の携帯を引っつかみ、外へと駆け出していった。


ふう、とため息を一つつき、隣にいる長門に、

「助かったよ。ありがとな」

「……いい」

それだけ言うと長門は再びゆっくりと倒れ、そのまま寝息を立て始めた。
俺の腿の上で。

さてどうしたもんか。
ハルヒが帰ってくるまでそんなに時間もあるとは思えない。
これを見られるとなんとなくやばそうな気がするから起こそうかと思ったが、

「…………」

やめた。
今はこのまま眠らせてやることにする。
なんせ、こんなに気持ちよさそうに眠っているんだからな。

長門の髪を一度だけ撫でてやる。

「……ん」

──せめて今くらいは、いい夢を。






back