あの妹の誕生日会から今日までを少し語ろう。 あの後、不気味ほど優しげな微笑みを浮かべるハルヒにミヨキチとの会話を問い詰められ、あえなく洗いざらいはいた。 俺としては黙っていたかったのだが、俺はまだ命は捨てたくない。 すべてを説明し終わってこれで一息つけるかと思いきや、 「SOS団の活動をそんな理由で放棄するなんて許しがたいわ!キョン、あんたには罰ゲームをやってもらうわ!そうね、こんなのはどう?」 不気味な笑顔を浮かべたまま地獄の閻魔様もおののくような罰ゲームを提示され、俺は今までになく奮闘した。 俺はまだ世間体も手放したくは無い。 その結果、翌日のパトロール(その時初めて聞かされた)で一日奢り、ということでなんとか罰ゲームを免れた。 それでもハルヒは不満げだったが。 そのパトロールのことや、次の土曜日のミヨキチとの映画については話す気はない。 また気が向いたらということにしようと思う。 そして今日は日曜日、つまり長門と図書館に行く日である。 今日はハルヒに予定があったらしく、罰ゲームを言い渡されることも、それに必死に抵抗することもなかった。 というよりハルヒには今日のことは言ってない。 なんとなく、言わないほうがいい気がしたのだ。 マンションの玄関に着く。 時間は十時ちょっと過ぎ。 急いで自転車をこいできたんだが、少し遅刻してしまった。 これもあの母親と妹がしきりにどこいくの?と訊いてきたからだ。 玄関の入り口のパネルでおなじみとなった長門の部屋の番号を押してからベルのマークのボタンを押す。 数秒待った後、ぷつんという音と共に長門の部屋とインターホンが接続された。 「………」 向こうからは何も言ってこない。 間違いない、長門だ。 「俺だ、遅れてすまん」 「………」 いつもより沈黙が長い気がする。 この雰囲気は少し怒ってるかもしれん。 「えーとだ、どうすればいい?」 玄関のロックが開かないぶんには中に入ることもできない。 「待ってて」 そう言って接続が切れる。 やっぱり機嫌はよくないかもしれん。 数分待っていると、玄関に制服姿の長門が姿を現した。 その視線は、いつもよりちょっと冷たい感じがする。 「遅れて悪かった」 もう一度謝る。 ハルヒとは違った意味で長門を怒らせたままにしとくのはよくない気がする。 「遅刻」 判ってる。すまなかった。 「罰金」 「………」 長門が、ハルヒみたいなことを言い出してしまった。 ついにこいつもハルヒに毒されてしまったのか!? 「それは…マジでか?」 すると、長門はいままでの不機嫌そうな雰囲気を消し去って、 「冗談」 なんて口にした。 「………」 「………」 沈黙と沈黙が重なる。 俺はアホみたいな顔をしていたんだろう。 さっきまでの雰囲気とは打って変わって、俺の理解が間違ってなければ満足そうな表情をする。 あー、なんだ。さっきまでの雰囲気とか視線は芝居だったのか? 「芝居ではない。あなたが遅刻したのは事実」 それはすまなかったと思ってる。 しかしそれとさっきのがどう結びつくんだ? 「このような方法のほうがあなたにとっては効果的だと判断した」 ああ、それなら納得だ。 ってのは嘘ぴょんで、お前いま俺の顔見て楽しんでたろ? 「気のせい」 いや、楽しんでいただろ、という言葉を視線に込めて長門を見る。 そういうのはハルヒだけで十分なんだ。長門まで毒されないでくれ。 「………」 「………」 じっと見ていると、長門の姿に違和感を覚える。 それはどこから生まれているかといえば、長門の手にぶら下がっているトートバックからである。 さっきまでは長門の冗談?などえそこまで気が回ってなかった。 「長門、そのバックの中は何が入ってるんだ?」 図書館に行くのに何か荷物があるのか? それとも返す本を入れてるだけか? 「秘密」 そう言われると見たくなるのが人情ってもんさ。 バックを覗き込む。 「………」 無言でバックを左手に持ち帰え、視線をやや強めに向けてくる。 それに怯まず、今度は左手のほうを覗き込む。 「ダメ」 いつもならここで諦めたかもしれない。 しかしさっき長門にされたことのお返しもかねてもうちょっと続けてみた。 結果、 「…………」 氷の色の瞳で俺を見て、図書館のほうへ一人で歩き出してしまった。 ああ、悪かった。悪かったからちょっと待て。今日は歩いていかないから。 「………」 立ち止まって振り返り、視線はそのままで首を横にかしげる。 「自転車で来たから、長門は後ろに乗ってけ」 マンションに止めていってもいいが、どうせなら長門を乗せて行ったほうが効率がいい。 あの夏休みの時に三人乗りもしたことだし、長門一人くらいなら余裕だ。 長門は珍しく迷っているかのように一時停止していたが、最後は頷いた。 その顔は、いつのまにやらいつもの長門のものに戻っていた。 長門を後ろに乗せ自転車をこぎ、図書館に着く。 こいでる間中長門の重さを感じないので、本当にいるのかと何度も後ろを振り返ることになった。 そこにはもちろん無表情な長門が座っているわけだが。 反重力でも使ってるんだろうか。 それともただ単に長門の体重が軽いだけか? 「………」 気付けば長門が俺の目を見ていた。 その顔は、待ちきれないといった様子だった。 どうやら考え事をしていて長門を待たせてしまったようだ。 「悪い、入るか」 物差しが要らないほど大きく頷いた。 中に入ると、長門はいつも通りに何かに誘われるかのようにすぅ〜っと奥のほうへと歩いていく。 もっと普通に歩いていけないんだろうか? さて、図書館に入ったはいいがどうしたもんか。 とりあえず中を回ってみたが、あいにく椅子は全部埋まっていた。 暇人が多いもんだ。 うん?俺もか? それはさておき。 せっかく図書館に来たんだ、俺もたまには本でも読むか。 とはいえ、最初からこれが読みたい、というものが無い上に、これだけ本があると何を読んでいいものかわからん。 長門みたいに本の虫なわけでもないしな。 そうだな、長門に何か面白そうな本がないか訊いてみるか。 長門はさっき図書館を一周したときと同じ場所で本を読んでいた。 まあ、さっきの場所から動いてるとは思わなかったけどさ。 「長門」 長門はゆっくりと顔をあげた。 「俺も本を読もうと思うんだが、なんかいい本ないか?」 すると長門は自分の正面にある本棚を眺め、一冊の本を取り出した。 その表紙には、大きくこう書かれていた。 ──心理学、と。 これは、あれか? もっと人の心理について学べというお前からの遠まわしのメッセージなのか? 「ユニーク」 俺の質問を察したかのように答える。 そういえば、こいつにあってすぐに本の感想を聞いたときも同じようなこと言ってたな。 まあ、興味深いっていうような意味だろう。 「そうか、読んでみるよ」 「そう」 そういって、長門は再び本を読み始める。 見れば、その手にあるのも心理学の本だった。 こいつにも人の心理というものに興味がわいたのか? 疑問に思うも、その横顔からはなにも窺い知ることはできない。 まあ、いいか。 長門が人の心理に興味を持ったとしても、俺がそれにどうこう言う気は微塵もない。 むしろ歓迎したいくらいさ。 手元にある本を開く。 俺もフロイト先生のご高説に目を通すとしよう。 |